前回は、アンコール・ワットへの旅を紹介しましたが、カンボジアの見どころは一つではありません。「アンコール遺跡群」と呼ばれる、この世界遺産は東京23区もの広大なエリアで、そこには100近くもの寺院が点在します。どれも個性的でクメール文化を現代に伝える至宝です。
長い間、その存在を忘れ去られ、ジャングルの中で朽ちかけていたアンコール・ワットですが、世界各国の協力のもと復興と保護が行われ、その荘厳さを取り戻しています。そのジャングルで深い眠りについていたアンコール・ワットの様子を今に伝えるのが、ベンメリアという寺院です。その歴史はアンコール・ワットよりも、さらにさかのぼります。アンコール・ワットからさらに東へ40kmほど奥地に、その遺跡はあります。最近まで内戦時の地雷が残っていたため、一般の人間は、ベンメリアに近づくことができませんでした。
ようやく地雷の処理も終わり、ツーリストも安心して訪れることができるようになったのです。まさに平和の象徴とも言える寺院でしょう。

敷地に足を踏み入れると、その異空間に思わず息をのむはず。熱帯の木々が巨大な遺構に絡み合い、積み石の崩落も進み原型をとどめない建物もあります。しかし、その姿は実に神秘的です。人間に見捨てられた廃墟に、新しい生命力がみなぎっています。静と動の不思議なバランスで、まるで時が止まったよう。このベンメリアの写真を見て、「あれ!?」と思った方は、そうとうな宮崎駿監督ファンでは? そう、この遺跡は映画『天空の城ラピュタ』の舞台となったと言われているのです。ですが、作品が発表されたのは、この遺跡が公開される前ですから、うーん、どうでしょう……。ただ地元のガイドによると宮崎監督はカンボジアを訪れたことがあるそうですから、何かしら着想を得たと考えてもおかしくはありません。そんな想像を膨らませる神秘的な雰囲気を、このベンメリアは持っています。ただ、遺跡の復興作業は、着々と進んでいます。もちろん、それは喜ばしいことなのかもしれませんが、今のような異世界を体験できる時間は、そう長くはないかもしれません。

アンコール・ワットからクルマで1時間ほど走った森の中に、ぽつんと建つバンテアイ・スレイ。こちらもぜひ訪れたい遺跡です。小さな小さな寺院ですが、宝石のように美しく貴重な存在です。アンコール・ワットのような荘厳さはありませんが、遺跡の所々に残された繊細な彫刻たちは、まさに宝石箱に散りばめられた宝物のようにキラキラと輝いています。アンコール・ワットが男性的な力強さが特徴とするなら、バンテアイ・スレイは女性的な優しさを備えています。クメール語で、バンテアイは「砦」、スレイは「女性」。つまり、「女性の砦」という意味。なるほど、納得です。 

今も、「東洋のモナ・リザ」は、 その神秘的な微笑みを絶やすことはありません。しかし残念ながらツーリストの増加の影響で、モナ・リザの近くに立ち寄ることができなくなりました。ガイドによると、今後、立ち入り禁止のエリアはもっと広がっていくとか。ちょっと残念ですが、遺跡の保護のためにはしょうがないのかもしれません。微笑みが遠のく前に訪れたいものです。
1914年に発見されたばかりのバンテアイ・スレイですが、一躍その存在を有名にしたのは、テヴァターと呼ばれる女神たちの像です。体を緩やかに右に開き、顔を微かに傾け、神秘的な笑みをたたえたその容姿は、見る者をひきつけてやみません。この姿、どこかで見たような気が……。そう、あのレオナルド・ダ・ヴィンチのモナ・リザに似ていませんか? 当時、カンボジアを統治していたフランスの人々は、ジャングルの奥地で、この女神を発見してその美しさに驚きました。そして、祖国のルーヴル美術館に所蔵されているモナ・リザと、その姿を重ねて「東洋のモナ・リザ」と呼んだのです。

写真/ 文 美濃部 孝