探求する
第十四夜
夏至も過ぎてあかるい夏の夜、いかがお過ごしですか。今夜はお手紙のように書いてみたいと思います。
もしよかったら、今からこの手紙の中だけで使うあなたの名前を決めてみてください。呼ばれたいニックネーム、こういう人でありたいという理想のイメージなど、好きな名前ならなんでもOKです。どうしても決められないときは、好きな色か好きな花の名前にしましょうか。たった今、パッと浮かんだものをどうぞ。
では、( )さんへ
( )さんは、今、なにか探し求めているものはありますか? 好きなこと、興味のあること、人、物事……それってどんな気持ちになりたくて、探し求めているのでしょうか。
私は、長い間、やりたいことがわからないなあと思っていました。わくわく、しあわせ、情熱、充実、愛、信頼、とにかく100%生きているという実感がほしくて、それらをすべて“やりたいこと”が与えてくれるはずだと思い、探し求めていました。考えすぎて、分析しすぎて、アドバイスされすぎて、わけわからないことになっていたと思います。
( )さんは、そんなことはありませんか。なにか夢中になっていることがありますか。もしかしたらヨガが大好きで、ヨガの世界を探求している真っ最中かもしれませんね。
私が憧れていたのは、まさにそういう人です。これだ!と思えるヨガのスタイルをみつけて、それを一生かけて極めていくような人生に憧れていました。いくつものトレーニングコースに参加し、インドへも行ってみて、ニューヨークへも行ってみて、尊敬する先生と話してみて、もっとヨガのことを知りたくなり、インストラクターになり、ライターとしてヨガのことを書くようになりました。
でも、なぜか、いつもどこか違う感じがしていました。ヨガで変わったというみんなが羨ましくて、眩しくて、そうなりたいのに変わらない自分。逆立ちはできるようになったけれど、友だちもできたけれど、おかしいな、と。
そこで、ある講座の初日の朝、まだ小さかったわが子を預けるためにベビーカーを押しながら、こう決めました。坂道の上のちょうど曲がり角のあたり、8年ぐらい前のことですが、今でもその場所をピンポイントで覚えています。
(なんかちがうな、という気持ちで行くのはもうやめよう。今日が大事な日なんだ。今日出会う人がキーパーソンなんだ。そういうつもりで行こう)
はりきって迎えた初日。おたがいに自己紹介をして講座がはじまり、最初の休憩に入ったとたん、隣の人に話しかけられました。
「書くのがこわいからヨガを教えているんですか?」
??? 自己紹介ではそんなことをひとことも言わなかったし、そんなこと考えてもいません。いえ、そういうわけではないんですけど……とおしゃべりしていると、恋愛のこと、家族のこと、何事も長続きしないこと、そしてそれを自分で責め続けていること、などなど、彼女の口から私の過去が語られていきます。「言い当てる」というような劇的な調子はなく、ただ淡々と、話が通じすぎるだけのふしぎな時間。そして
「あなたにとってヨガは通り道」
というひとことを私の心に残して、休憩時間が終わりました。なんだろう、このひと。びっくりしているうちに先生の話が耳から耳へ抜けていきます。初日の前半でそんな出来事があったので、講座の内容はほとんど頭に入りませんでした。もっとよいヨガのクラスができるようにと勉強しに行ったわけですから、失敗といえば失敗です。
でも、今思えば、その日、その人との出会いから、私は書くことに向かっていくようになりました。ベビーカーを押しながら心の中で決めたとおりに、なったのです。
( )さんは、こういう話は嫌いですか? 好きですか? スピリチュアルというほどスピリチュアルでもなく、ただの偶然といえば偶然で、影響されやすい私の心の弱さをあらわしているだけの出来事かもしれません。
もし( )さんがこの話に嫌悪感を感じたら、それは、もっと現実に根ざして、地に足つけて、自分の感覚を信じて生きていきたいという想いがあるからなのかもしれません。もし( )さんがこの話に興味を持ったら、それは、もっと目には見えないつながりのようなものを感じて生きていきたいという想いがあるからなのかもしれません。どちらも全然ちがうかもしれません。
どんな感情が湧いても、それが探求の入口になると私は信じています。読んで( )さんが感じた感情から「探求する」がはじまるんじゃないかな、はじまったらいいな、もう探求していることがあるなら応援できたらいいな。そう思っています。
私の場合は、先ほどの話に戻ると、安心感のような感情を感じました。「ヨガはあなたにとって通り道」という彼女の言葉を聞いて、ほっとしている自分に気づきました。ずっとヨガに憧れていたけれど、あれ、書きたいのかな、というところからやっと私の探求がはじまりました。
言われたから、言われたとおりにした
行き当たりばったり
感じたから、動いた
探求
そのちがいを感じてから私はだいぶ楽になったのですが、( )さんにとってはどうでしょうか。あったりまえの朝飯前かも……長々と読んでくださってありがとうございました。そろそろこのへんで筆を置きたいと思います。
( )さん、短いお付き合いのお名前でしたが、決めてくださってありがとうございました。
最初に「名前を決めてみて」と読んだとき、“言われたから言われたとおりに”( )さんと決めてくださったでしょうか。それともなにかを“感じて動いて”( )さんと決めてくださったでしょうか。はたまた、決めたくないからそのまま読もう、とお付き合いくださったでしょうか。
私はどんなお名前なのか知らないまま( )さんにお手紙を書きましたが、きっといいお名前だと思います。好きな名前ならなんでも、という条件ですからね。その( )という響きに、意味に、文字の形に、きっと小さな探求のヒントが隠されていると思います。
( )のような人でありたい
( )のような人生がはじまる
( )みたいな人とつながっていこう
なにか決めてみると
今日がそのはじまりの日になるかも?!
もしなにか決めてみたことがあったら
いつでもこちらからおたよりください。
決められない、わからない
そんな気持ちもよかったらことばにしてみてください。いろんなおたより歓迎です。
ではまた来月、真夏の第十五夜で。
古金谷あゆみ がガイドをつとめる「書く瞑想」クラス情報
朝のジャーナリング~書く瞑想~
書く瞑想「わたしにかえる時間」満月編
書く瞑想「わたしにかえる時間」新月編
イラスト 内田 松里/文 古金谷 あゆみ