ゆるトーク ~みつけよう、あなたにぴったりのアーユルヴェーダ~ #167 怒りや恐れとの向き合い方
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第167回は、怒りや恐れとの向き合い方について、アーユルヴェーダドクターで保健師の田端瞳さんにお話しを伺いました。
心には2つの反応があり、刺激に対して「好き」と「嫌い」つまり、「快」と「不快」があります。恐れや怒りは嫌悪の感情。悲しみや不安などネガティブな感情を含みます。嫌悪は自分の思い通りじゃないときに起きる反応。そんなとき、冷静に自分の心の反応をみつめることが大切だそうです。
アーユルヴェーダではシンプルにものごとをとらえます。「思い通り」という願望があるはず。「思い通り」という執着がある。それはいったい何だろう? 自分の願望が何かがわかる、自分で知っておくことが大切と考えます。ただし、感情が強い時に掘り下げたり、発散するのではなく、まずは感情を収めることが先決。
自然体でいられる心と体の関係を追求しながら、何事も一歩踏み出す勇気をもち経験することをモットーに日々学びを深めている。
ヨギー・インスティテュート500時間認定
作業療法士国家資格
アーユルヴェーダ学会アーユルヴェーダ・セルフケア・アドヴァイザー
仏教教師資格課程修了
全米ヨガアライアンスコース500時間(RYT500)講師
メディテーション・ベーシックコース(MBC)講師
セラピューティックトレーニングコース講師
シニアヨガ・トレーニングコース講師
ヨーガニードラ・トレーニングコース講師
見つけよう!あなたにぴったりのアーユルヴェーダ。
こんにちは。
ヨガインストラクターのアヤです。
このプログラムでは、
アーユルヴェーダの知恵に救われ続けている、ヨガインストラクターのアヤが、
毎回ゲストをお招きし、健康や美容に関する、
日常に生きる、ちょっと役立つ知恵をお届けします。
進行のサポーターをしているしちさんです。
しちです。よろしくお願いします。
yoggyairのライブストリームでは、アーユルヴェーディックヨガのクラスを
毎週日曜日の朝10:30に私、アヤが行っています。
そして、毎週水曜日の昼12:30にマイコ先生が担当しています。
季節に合わせた体のケアの知識とともに、ヨガで体を動かしていくクラスです。
また、アーユルヴェーダ料理研究家の水野香織さんによる、
アーユルヴェーダキッチンを月3回月曜日の夜19:30に開催しています。
アーユルヴェーダの食べ物やハーブのお話、そして実際のレシピについても、お話しを聞くことができるクラスです。
ぜひ、クラスでお会いしましょう。
-
アヤ
今回は『怒りや恐れの感情の受け止め方』についてゆるトークします。
ゲストは、アーユルヴェーダドクターで、 AMAJ代表の田端瞳先生です。
どうぞよろしくお願いいたします。 -
田端瞳
よろしくお願いします! -
アヤ
よく、煩悩の根源が、怒りや恐れの感情であるというふうに 言われたりするんですけれども。
この「怒り」や「恐れ」との向き合い方について、 アーユルヴェーダでは、どのように受け止めたらいい… とかっていうのはあるのでしょうか? -
田端瞳
そうですね。
心っていうのには、2つの反応があるんですけど…
赤ちゃんにもある反応で、どういう反応かっていうと、 「好き」と「嫌い」、「快」と「不快」っていう心の反応ですね。
外側の刺激に対して、心って常に反応してるものなので、 音声とか温度とか、いろんなものに反応してて、 そしてそれに対して「好き」と「嫌い」、「快」か「不快」 かっていう反応をしてるんですよね。
好きっていうのは、執着になる。
それがないとダメとか、それがないと困る、みたいな感じですね。
嫌いっていうのが、嫌悪になります。
恐れとか怒りっていうのは、嫌悪の方の感情なんですよね。
嫌悪っていうのは、色々派生をします。
例えば…、「悲しみ」かもしれないし、先ほどのですね、「怒り」とか、 嫌な感情もひっくるめて、「恐れ」も「怒り」も嫌な感情として、 もっと大きくひっくるめられるわけですよね。
この怒りや恐れっていうのは、おっきくひっくるめて「嫌悪」っていう感情になります。
この嫌悪っていう感情は、いろいろあるんですけれども、 基本的にはですね、自分の思い通りじゃないときに起こるんですね、 好きと反対なので。
そのときに、自分の思い通りじゃないことが起きてるな~って、 まず冷静に捉える!
相手のせいにもせず、自分のせいにもせず、 相手のせいとか自分のせいとかではなくて、 心の反応が起きているだけ、と捉えて、冷静に深呼吸して、 怒りが起きても、あ~…なんか思い通りじゃないな~と思っているな。
悲しみが起きても、あ~、なんか思い通りじゃないことが起きているな~、
みたいなことをまず理解した上で・・・、 どんな思い通りじゃないことが起きているのかな? つまり、思い通りっていう願望があるはずなんです。
思い通りがあって、そうじゃないから悲しい。
思い通りがあって、そうじゃないから怒る。
思い通りがあって、そうじゃないから憎しむ、みたいな感じです。
要は、アーユルヴェーダはシンプルに物を捉えるのが大事って考えます。
シンプルに、思い通りじゃないんです。
じゃぁ、思い通りって何?っていうことを深めるのが、 「自分と向き合う」っていうこと。
嫌悪っていうのは、つまり思い通りじゃない、何か思い通りっていう執着があるはず。
つまり、「執着」と「嫌悪」っていうのはそもそも一体なんですね。
執着が大きければ大きいほど、嫌悪も大きくなるんです。
自分がこうしてほしい、こうしてほしい~って思えば思うほど、 そうじゃない時に「うわー」ってなるんですね。
だからやっぱり「うわー」ってなってる時は、 それと同じくらいのエネルギーで、何かを望んでるわけです。
何かを持ってるわけです。 これ!っていう願望があるわけですね。
そこの「これ!」っていうのが、やっぱり何だったんだろうか…って見ていくのが、 恐れとかの向き合い方です。
恐れってね、結構怖いので、見たくない、見たくないってなって、 結局もう知らん!みたいな感じで、蓋をしそうで、 恐れを見るのは結構難しいんですが、これが思い通りじゃないことなんだよ、 と理解した上で… じゃあ、どうして欲しかったの?
そうじゃないにはどうしたらいいの?
怖くないのは、どういうのが怖くない?
みたいな感じで、 本当はどうなって欲しいの?っていうところを、心に聞いていくと、 願望が見えてくるかなぁと思うんですよね。
どうして欲しいのか、 思い通りって何なのか、みたいなところが見えてくる。
これをやっぱり見つけるのが、すごく大事なんですよね。
自分で分かっておく。
それが手に入るとか入らないとかは置いといても、 やっぱり自分がそれを望んでるんだな~、 その通りじゃなかったから悲しいんだ。
自分はこれを望んでるんだな~、その通りじゃなかったからこんなに激おこぷんぷんになってるんだ。 みたいな感じで…
やっぱり自分が激おこぷんぷんになっている時には、かなりの原因がある。
その原因っていうのは、私の中での思い通りっていうのがあって、 それと違うから激怒ぷんぷんになってるんだ!っていうのをちゃんと分かった上で、 その原因をちゃんと理解する。
アーユルヴェーダでは、その怒りには必ず原因がある、 その原因を追求しなさい!っていう風に言ってるんですね。
その原因ってのは、思い通りじゃない何か。 その思い通りっていうのが何か?
これが、怒りとの本当の向き合い方。
怒りの根本っていうのは、思い通り…自分の何か願望があるはずだから。 -
アヤ
その…、感情と向き合っていくっていった時に、 自分の願望を追いかけていくというか、 自分に問うていって、ちょっと掘り下げていく時って、 ある程度冷静な心がないと、 そこってちょっとハードルが高いような感じがするんですよね。
その一歩手前の段階で、 一回鼻息が荒い状態を、収める方法っていうのは何かありますか?(笑) -
田端瞳
そうですね~
それは、最近の心理学でも、8秒とか5秒とか言われますけども。
その5秒とか、8秒とか、そんなに長い間じゃないんだけど… そこを乗り越えることがことが大事!っていうふうに言われてますね。
その怒りがコンコンって心の中に入ってきた時に、 最初「ちょっといいよ」って言って開けたりすると、 中で大家事になるので、コンコンって来ても、まず入れないことが大事って言います。
まず深呼吸して、怒りのことを考えない。
あの人は何でこんなことしたんだ、何であんなことしたの、なんであんなこと! とかいう風に、ついつい雪だるま式に考えると、 雪だるま式に怒りがだんだん大きくなってくるので。
その怒りを大きくすることをまずしない。
まず3秒乗り越え、まず5秒乗り越え、まず8秒乗り越えて、 深呼吸して・・・で、古典には「冷たいお水を飲みましょう」とか、 「冷たい水で顔を洗いましょう」とか、 気持ちを怒りじゃないところに無理やり持っていく。
この空青いな~とか、
この猫ちゃんなんて可愛いんだろう~とか、
とりあえずYouTube見てみよう!みたいな感じで、 一回、3分乗り越える!
8秒とか言われてますけど、とりあえず8秒乗り越えて、 1分乗り越えて、3分乗り越えたら、なんとかなるものなんですよね^^
8秒乗り越えて、3分乗り越えたらなんとかなる!!
その上で、とりあえず落ち着いたら、 ちょっとなんで怒っちゃったのかなぁ~みたいな感じで向き合う、 っていう感じですね。
怒っている時にものを発しても、 何もいいようになかなかいかないんですよね。
思ってもないことが出てきたりするので、 とにかく怒りが起きたら、何も言わず、攻めもせず、 何もせず、鼻息洗いねって言われても、呼吸を深くして。
そして、その上で3秒乗り越えて…
心で数えてもいいと思います、3秒、8秒、よし!乗り越えた!
ってしたら、とりあえずは意識をそらすために、 YouTubeなり、実況中継を始める。
今見えてること…、あ~なんか空が明るい、とか。
なんかテレビでこういうニュースをやってる、とか。
なんかそういう実況中継を1分くらいしたら、とりあえず落ち着いてくる。
なんであなたのことで怒ってたんだろう、って感じになってきたら、 なんで怒ってたのかな?みたいな感じ! -
アヤ
それならできそうです(笑)
3分なんですね? -
田端瞳
でも8秒とか、5秒とか、それぐらいを乗り越えれば安全、 というふうに言われてますので。
とりあえずそこまでを乗り越えて…、それまでに何か暴言を吐いたりとか、 いろいろなことをしたりとか、何か切ったりとか、投げたり、 そういうことをなるべくしなくていいように、8秒…乗り越えたいですね(笑) -
アヤ
もうね(笑)そうやって考えて、攻撃をすること自体が、 自分自身を傷つけるっていったところでもあったりしますからね。 -
田端瞳
そう。
怒っていたことって、結局何もいいことをもたらさないし、 人間関係悪化したりとかするし、 建設的なことが言えなかったりするので、 なるべくならですね、怒らない状態で物を言える…。
気持ちを整理した上で、どうして欲しいかだけ伝えるのに、 やっぱり自分で整理をして、 相手を責めるのではなくて、本当は何をしてほしかったのか。 本当は、あなたにただ洗濯物をたたんで欲しかったの。 みたいなだけのことかもしれないですよね。
だから、やっぱり気持ちを整理して、 なんで私、激怒ぷんぷんになってたの?
こうしてほしかった、あぁしてほしかったっていうのを、 落ち着いてから伝えるようにすると、うまくいきやすいですね。 -
アヤ
なるほどですね!
七さん、どうぞ。 -
しち
すいません。
なんか怒りに関しては、すごいお話しいただいたんですけど。
恐れとか、不安だったりとかって、 原因がはっきりしている時もあるでしょうけど、 例えば…どうしようもない、自分じゃどうしようもないようなこととか、 例えば病気だったりとか、深刻なことを受け止めなきゃいけないような時の、 そういう時の恐れの感情とか、不安の感情の時はどうしたらいいですかね? -
田端瞳
そうですね。
ゼロにはならないと思うんですけれども、 基本的に古典にはですね、 恐れっていうのは、自分が作り出したイリュージョンなんだ、 ということを言ってるんですよね。
そのイリュージョンだ!っていうことを、 電気をつけて確認をする、明らかにする、みたいな例え話として。
縄がね、暗闇の中でくねくねってしてたら… ヘビかもしれない!って「怖い」。
でも実際にはヘビではないんですよね。
実際には、自分が恐れてる…、 喉を噛んできたり、髪の毛を引っ張ってきたりはしないんですよね。
イリュージョンでしかないんです。
ですからそこを、もう一回電気をつけて、 何が怖かったのかな?っていうのを見てみる!
そして、縄だったんだ!と思ったら、電気が暗くなっても、 あれは縄だったんだな、と思える。
ぞわ~とはするかもしれないけど、 100怖かったとしたら、半分くらいにはなる。
ですから、怖いっていうのは、ゼロにはならないかもしれないけど、 何が怖いのか、何を恐れているのかっていうのをただ知るだけでも、 その恐怖の感じっていうのは、半減するんじゃないですかね。
例えば、自分がこんなに大きな病気になって… 怖い怖いってなってて、
でもよくよく見たら、一人で死ぬのが怖かったのだ、とか。
誰でも死ぬんだけど、一人ぼっちで死ぬのが怖かったのね、とかいうことが分かったりとか。
苦しんで、はぁはぁ言うのが嫌だったのだ、とか。
なんとなく自分が、なんで、怖いのかなぁみたいなのを、 ちゃんと分かっておく。
人の恐怖って、死ぬとかね、最終的にのたれ死ぬとかね、 貧乏になっていくとか、苦しくて死ぬ、とかね。 そういうことになることが多いんですけど。
死ぬのは誰でも死ぬのよね~みたいな感じで、 そこを恐れるっていうのは・・・
確かに夜が来たら怖い!みたいな感じで、怖い怖いって言ってら 人生半分怖くなるから、ちょっとそこの当たり前のことの恐怖を捨ててみようか! みたいな理性が生まれてきたりするので。
恐怖はゼロにはならないかもしれないけど、 知ることで半分になる、と言われているので、 やっぱり「知る」というか、何が怖いのか、何が嫌なのか、 その向こう側に反対のもの、願望があるんですよね。
生きたいとか、私はまだ死にたくないんだ、 あれもこれもあれもこれもしたいんだ! そのあれもこれもってなんだ?みたいなね。
そういうのを片付けていくというかね。
片付けられなくても他のもので代用するとか。
そういったことを重ねていくだけでも、 満足感が出たり、受け入れられる気持ちが出てきたりするので、 恐怖感っていうのは、一番わからないことが怖いんです。
何が怖いのか分からない時がマックス怖いので、 やっぱり分かるってことが大事。
その時にやっぱり追求していくのが大事。
何が怖いのかな~みたいな感じで。 -
しち
ありがとうございます!
やっぱり怒りとちょっと共通してるような、 掘り下げていくような感じですね。 -
田端瞳
掘り下げることが大事です!
自分しか分からないので。
やっぱり何が怖いの?って言った時に、 やっぱり怖いのって、なかなか恐怖なんて見たくない!って思う人が多いので。
逆にどうしたい?死にたくないならどうしたいの? みたいな感じで、私の願望の方を見ていくと、 なんで怖いのかみたいなことが分かったりするので、 恐怖と願望って表裏一体なんで、 怖いのが単にあるわけじゃなくて、 こうであるべきっていうのがあって、そうじゃないから怖いわけなんで。
別にそれを望んでなかったら怖くないわけなんですよ。
だからそういうところですよね。
例えば私、オリンピックの選手になれない!って言われても、 全然怖くもないし、へでもない。
オリンピックの選手になること望んでないから。
望んでないことをできませんよ!って言われても怖くないんです。
でも私が筋肉とか鍛えて、やり投げとか上手になって、 オリンピックでるぞー!!ってなった時に、「出れませんよ」ってなったら、 ガーンって、怖い、やー無理!ってなるんですよ。
だからやっぱり、願望の大きさだけ恐怖があるんだっていうふうに理解して。
恐怖がこんなに大きいってことは、見えてない願望がものすごく大きい。
同じだけのエネルギー、同じだけの熱量で願望があるはずなんですよね。
そこを見ていくって感じですね。 -
アヤ
ありがとうございます!
面白いですね♪
やっぱり現れているものから学んでいくっていったところが、 今回のお話であったんですけど。
一旦冷静に息をしてみる、深呼吸をしてみるっていったところが、 まず入り口であって。
そしてちょっとずつ、光を照らしていくかのように、 自分が本当に望んでいるものは何なのかっていったところを、 ちょっとずつ紐解いていく力。
時にはそれが人の力を借りることにもなると思いますし、 自分一人でだんだんレッスンができるようになってくれば、 それもすごい人生の学び方になってくると思うので… -
田端瞳
そうですね~
一人でやるときは、やっぱりノートとかに書いて、 アウトプットした方が分かりやすいです。
頭だけでやると難しい。
必ずノートとかに、何が怖いの?本当はどうしてほしいの?って、 自分で書いて、その答えをつらつらと書いていくうちに、 あ~なるほど!って分かってくる。
だから書いてみるの、おすすめです! -
アヤ
そうですね!
堂々巡りしちゃいますからね。 -
田端瞳
そうなんです。
脳って、結構キャパが少ないんで、 やっぱりアウトプットして、全体を眺めるのに、 書き出す方が絶対にいいです!
頭だけで絶対にやらないことが大事ですね。 -
アヤ
ありがとうございます!
今回のお話しはいかがでしたでしょうか?
あらゆる感情…
特に、ネガティブな感情に向き合っていくということは、 とても勇気がいることだと思います。
そういった勇気をどういうふうにして持っていくのか、 自分のポテンシャルを高めていくのか、 といったところが、今回のお話しではあったように感じております。
まずは、自分の頭の中で思い描いているものを書き出していく、 そういったところからでも、自分の願望、 根底にある願望に気づくきっかけになっていくのではないでしょうか。
日常に生きるちょっと役立つ知恵、次回もお楽しみに♪