楽しくまじめに
第十六夜
と言って姉が指差した雑誌の写真には、「ナタラージャーサナ(踊る王のポーズ)」と書かれていた。作戦会議という名目で姉からいつものカフェに呼び出され、はや1時間。
「力強さと優美さを兼ね備えたシヴァ神のポーズだって。きれいだよねー。こういうウェアで写真撮ったら、スタイルよく見えそうじゃない?」
かたちから入るタイプの姉は、一体どのようなキーワードで検索しているのか、次々と露出度の高いヨガウェアの画像を見つけては私に見せる。姉は実際まだヨガを始めていないにも関わらず、S N S用に「ヨガやってます」というプロフィール写真を撮りたいのだそうだ。
「お姉ちゃん、こんなに脚上がるの? 体やわらかい人じゃないと無理じゃない?」
「なんとかなるでしょ」
姉はいつも楽しそうだ。何事にもうっとりできて、何事にも楽観的なのは、姉の長所だと私は思う。ただ、なんか、なんだか、それでいいのか姉よ、と思う。でも、私は私で、なんだかんだ、いつも姉の企画にのっかって楽しんでいるのだ。姉に言われるがまま、私は通いやすそうなところを調べて予約し、次の週にふたりでヨガスタジオに行くことになった。
ふくらはぎ、ちぎれそうだし。
これなに? 犬のポーズっていうの?
なんでこんなに何回もやるんだろう?
そんなに効果があるんだろうか。
ふと姉を見ると、さっき教わったばかりの子どものポーズで休んでいた。そうか。勝手に休んでもいいんだった。
姉は、あろうことか、先生にいきなり写真のことを話していた。
「先生、ナタラージャーサナっていうポーズで写真を撮りたいんですけど、どれぐらいでできるようになりますか?」
いやいや、今日始めたばっかりだし。体かたいし。私はあわててマットをかたづけ、姉をいなすべく保護者のように隣に立った。先生は、ヨガの先生っぽくないというか、ぽいというか、子どもみたいな鹿みたいな目をしている。
「それは……」
姉も私も先生をじっと見る。しばし沈黙。
「わからないな」
と先生は笑った。先生があまりに屈託ないので、私たちもつられて一緒に笑ってしまった。できたか、できていないか、そういうことがあまり気にならなくなったら、できたっていうことなのかな、と先生はなぞなぞみたいなことを言う。
「じゃあ、私、もうできてたかも!」
姉よ、あつかましいぞ。できるようになりますかって質問してたくせに。先生まで、おめでとうございます、なんて拍手してるし。姉は急に振り向いた。
「じゃあさ、今日の記念に写真を撮ろうよ」
「プロフィール写真じゃないの?」
「それは口実だよ。私のために付き合うっていうことにしないと来ないじゃん。なんか最近、元気ないみたいだったからさ」
あ。もしかして私、忘れてた? 姉には、そういうまじめなところがあったんだった。
それから私たちはふたりで写真を撮った。
と言って雑誌のページをめくる妹の眉間には、くっきりと皺が刻まれてしまっている。そんなにむずかしく考えなくてもいいのに。いつものカフェで待ち合わせしたら、それもブツブツ文句言っていたし。最近、妹は愚痴っぽくなっている気がする。もっと楽しく笑っていてほしいんだけど。これは早々にヨガか温泉にでも連れ出さなくちゃ。
「何ヨガでもいいじゃん。やってみなくちゃわからないでしょ」
「でも、せっかくやるんだったら、ちゃんとやりたいし」
「ちゃんとってなに?」
「自分の目的に合ったものを見つけて、お金と時間を有意義に使うとか、そういうこと」
何事にもまじめで、何事にもしっかり準備するのは、妹の長所だと私は思う。ただ、なんか、なんだか、それでいいのか妹よ、と思う。でも、私は私で、なんだかんだ、いつもまじめな妹の世話になっているのだ。
私の目的ってなんだろう。妹にもっと笑っていてほしいから……そうだ、一緒に笑っている写真を撮ろう。見たら元気が出るような写真を。かわいいヨガウェアを見せたり、きれいなポーズの写真を見せたり、なんとか妹をその気にさせて、次の週にふたりでヨガスタジオに行くことになった。
呼吸をやわらかく。
そんなふうに言われると
ほんとうに胸がふわーっとしてきたかも。
ナタラージャーサナもこの調子でできるかも。
ひらひらした感じのウェアにしたら
踊りっぽくてかわいいかなあ。
……で、あれ、なんだっけ?
なにすればいいんだっけ?
ふと妹を見ると、左右の膝を交互に曲げてストレッチしていた。そうか。先生がそんなこと言ってたな。集中、集中。
私が先生に質問していると、妹も起きてきた。できたか、できていないか、なんとかっていう先生の言葉に、妹はなんだかすごく感動しているようだ。私には、あまりわからなかったけど。話が通じているらしい先生と妹が、また、ちょっとうらやましくなった。私はいつものこのパターンを振り払いたくなって、言った。
「じゃあさ、今日の記念に写真を撮ろうよ」
「プロフィール写真じゃないの?」
「それは口実だよ。私のために付き合うっていうことにしないと来ないじゃん。なんか最近、元気ないみたいだったからさ」
妹は少しおどろいたような顔をしてから、うれしそうに笑った。そうそう。この子は楽しいときは、こんな顔するんだった。今日は、やっと笑ったね。
それから私たちはふたりで写真を撮った。
時々、長文のおたよりもいただき、ありがたく読ませていただいています。記事とのバランスをみながら、いつご紹介できるかとタイミングをうかがっています。いつでも、どのキーワードへのおたよりでも、どうぞこちらからお送りください。
ではまた次回、秋のはじまり第十七夜で。
古金谷あゆみ がガイドをつとめる「書く瞑想」クラス情報
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書く瞑想「わたしにかえる時間」満月編
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イラスト 内田 松里/文 古金谷 あゆみ