私たちは多かれ少なかれ、自分が置かれている環境に不安や疑問を抱いている。自分はこのままでいいのか、自分がほんとうにやりたいことは何だろうか、と。
「最近、自分が正しい道を歩んでいるという実感が、少しずつ、少しずつ湧いてきたんです」。そう言うのは、ニューヨークに暮らし始めて15年になる丹羽博美さん。国連本部で職員として働きながら、現在7歳になる娘さんを育て、さらにシュタイナー教育の教員を目指している、パワフルな女性だ。

国連職員という肩書きを聞くと、順風満帆な人生を歩んできたように思えるが、実際は自分の心と葛藤を重ねてきたという。そもそも博美さんがニューヨークに渡ったきっかけは、ダンスを学ぶため。日本で保育士として働いていたときにダンスに夢中になり、旅行で訪れたニューヨークで、理想的なダンススクールに偶然出合う。さらに、その学校で学生ヴィザも取得できることを知り、3週間の滞在予定のはずが、気づけばニューヨークに根を下ろしていた。

ニューヨークに住み始めるまではトントン拍子で進んだものの、ダンサーとして仕事をスタートすると、一筋縄ではいかず、それだけでは生計を立てられないというジレンマに苦しんだ。そのときにヨガに出合い、自分はこのままダンスを続けるべきかを問う中で、ダンスとは違う道へ進むことを決意。そして、ヨガインストラクターとして新たな一歩を踏み出した。

暮らしていくためにツアーガイドの職を得、その中で結婚と出産を経験。出産後は、より働きやすい環境を求めて国連へ転職。周囲の理解もあって、1年間の育児休暇も取ることができた。

「娘が産まれてから、以前から関心のあったシュタイナー教育について学びたいと思うようになったんです。娘が3歳のときに1年間仕事を休み、母親業に専念しながらシュタイナー教育のプログラムにも参加したのですが、その経験は私にとって大きなパラダイムシフトになりました」

生きる感覚を大切にしてほしい

シュタイナー教育とは、ドイツ人の哲学者ルドルフ・シュタイナーの思想から生まれた教育法で、知性だけでなく、心や体、精神性を含めた全人教育を目指している。

「シュタイナー教育では、子どもが年老い、さらにその先の魂の生まれ変わりについてまで、長いスパンで育児をとらえています。7歳までを人生の土台作りの時期として考え、尚早に知性を目覚めさせる勉強的なことはあえて行わず、美しさや季節の移ろいを心や体で感じることなど、“生きる”という感覚をたくさん体験させるんです。その教育方針に、とても感銘を受けました」

娘さんが4歳になり、シュタイナー教育の幼稚園に入ると、教室の整え方や子どもが習ってくる季節の歌、先生の子どもへの接し方など、親としても元保育士としても、感心することばかり。自分も教員になるための勉強を続けることにした。

「ゆくゆくはシュタイナー教育の教員として独り立ちし、子どもたちがよりよく育つために、母親や家族、コミュニティ全体の支援もしたいと思っています。でも、その夢は、娘が小さい内は保留にしてもいいかな、と。以前はやりたいことができていない自分をいじめていたのですが、もうそれはやめました(笑)。家族のために日々の仕事をこなしていると、気づけば自分に必要な学びを得て前進しているんです」

経験はすべてつながっている

さらに博美さんは、インテグレイテッド・ヒーリング(IH)プラクティショナーという顔も持っている。IHとは、キネシオロジ―(筋反射テスト)を利用して、身体・心・魂のすべてのレベルでエネルギーの流れを調整することにより、気づきを起こし、自然治癒力を引き出していく統合ヒーリングのことだ。

「ヒーリングが起こる時の深い感動に導かれて細々と続けてきましたが、最近そこでの学びが、シュタイナー教育とも通じていることに気づいたんです。これまでやってきたこと、今やり始めていることが、地下水脈のようにつながっていることに気づいたら、さらにおもしろくなってしまって(笑)」

さらに日常生活でも、自分の身に起きることから気づきを得られるようになったという。

「これまでは問題としか思っていなかったことが、ここから何かを学ぶように用意されたんだなって、思えるようになったんです。もちろんイライラすることも落ち込むこともたくさんあるけれど、その中にこそ自分に与えられた気づきの種があると思うと、前に進む力につながります」

アクティブに学び、活動する博美さんの原動力になっているものとは、一体何なのだろうか。

「親として、そしてひとりの人間として、私たち一人ひとりの中にある光をもっと輝かせるための助けになりたい、という気持ちが強いんです。自分が持っている光を知ることができれば、他の人の光にも気づくことができ、大切にもできるし、応援することもできる。そうやって、みんなで輝ければなって」

現在シュタイナー教育の教員免許を取得するため、さまざまな課題に取り組んでいるという博美さん。そのなかで、歌やダンスを取り入れたオリジナルのプログラムを作ったそうだ。

「5羽の鳥を主人公にした物語を考えました。娘にもっと勇気を持ってもらいたいという思いもあったので、5羽の鳥の中にとても怖がり屋さんがいて、怖い怖いと言いながらも、最後にやっと飛び立てるというストーリーにしたんです。でも、いつ飛び立てるんだろうって思っていた怖がりの鳥は、じつは私自身でした。できないのではなく、できないと自分を制限していたことに気づいたんです」という博美さん。自分の中の光も大切にしながら、ゆっくりと、着実に歩みを進めている。

写真 Miho Aikawa / 文 小口 梨乃