落ち込んでいるときに誰かに背中をさすってもらったり、友人や恋人との別れ際に握手やハグをしたりすると、相手との距離が急に縮まったように感じ、親しみや愛情がさらに湧いてくる。

「私たち人間も含め、ほとんどの哺乳類は、肌をふれあわせることでコミュニケーションを深めようとします」。そう教えてくれたのは、心理学者であり皮膚科学にも精通する桜美林大学教授の山口創さんだ。

「たとえば、産まれたての仔馬を母馬が丁寧になめるのは、子どもとの愛着関係を築くために必要な行為ですし、人間とほぼ同じ遺伝子を持つチンパンジーは、他の個体とグルーミングをすることでコミュニケーションを取っています。私たちがだれかとふれあうことで感じる親近感は、ごく自然な動物的な感覚だと言えるでしょう」

スキンシップの方法はさまざまだが、親しみや安らぎ、愛情を最も感じるのは、マッサージをするようにやさしく肌をなでられたときだという。

「肌をなでられると、なでる側となでられる側の皮膚の凹凸が触れ合い、皮膚の上にわずかな振動が起こります。その振動を調べてみると、そよ風や波の音、ろうそくの灯など、人間が快適だと感じる“1/fゆらぎ”であることが分かりました」

その振動が何らかのかたちで脳に伝わると、オキシトシンというホルモンが分泌される。オキシトシンは“愛情ホルモン”とも呼ばれ、出産するときに子宮を収縮させ、出産後に母乳を出す働きがあることでも知られているが、その主な効果は、「愛情や信頼に基づいた親密な人間関係を作ること」だ。

「オキシトシンが分泌されると、相手との結びつきがさらに強いものになるだけでなく、血圧や心拍数が低下して気持ちがリラックスします。もし孤独を感じていても、オキシトシンを上手く分泌することができれば、不安感が減り、さまざまな人と分け隔てなく接することができるようになるでしょう」

実際に肌をふれあわせなくても、コミュニケーションの中でやさしさや温かさを感じることができれば、オキシトシンは分泌される可能性がある。

「しかし、オキシトシンを分泌させるには、実際にふれあうことが一番。最近メールが主体のコミュニケーションが増えていますが、肌を通して感じる安心感や心地よさをぜひ大切にしてほしいですね」

最近ではオキシトシンのスプレー製剤も開発され、対人コミュニケーションの障害を主な症状とする自閉症の治療にも活用され始めているそうだ。

「オキシトシンは、肌のふれあいを通して自ら生み出すことができるもの。もちろん自閉症の方でも同じことです。私は、自閉症を抱える子どもたちを対象に、お母さんたちに定期的にタッチセラピーを行ってもらい、症状にどのような変化が見られるか、という調査を昨年から始めました。調査の途中段階ではありますが、夜の寝つきがよくなった、家庭でリラックスする時間が増えてきた、という意見が多く寄せられています。症状が改善されることは、親など介護する人にとっても大きなことなんです」

「今後も、オキシトシンを医療で活用するための方法を模索していこうと思っています」と言う山口先生は、10歳と4歳になる2人の娘を持つ父親でもある。

「子どもは、本能的にスキンシップをとろうとしたり、さまざまなものにふれたりする、“触覚人間”ですよね。成長しても自分の肌で感じることを忘れずに、体の感覚を大切にしてほしいと思っています」

文 小口 梨乃/イラスト 櫻井 乃梨子