到底人が登れるとは思えないような断崖絶壁を、体全体を巧みに使ってゴールへと進んでいく――安全を確保するためのロープなど、必要最小限の道具のみを使い、素手で岩肌を登るフリークライミングは、高い運動能力と知恵が必要となるスポーツのひとつだろう。

「とくにオンサイト(登頂ルートについて情報がないまま、初見で登ること)の場合、登り始めない限りどんな岩なのかは分かりません。ですので、自分の感覚を自由にして、目の前にあるどのホールド(岩の凸凹)をつかむのかを瞬時に判断し、あるがままを乗りこなしていくようにしています」と教えてくれたのは、日本屈指のプロ・フリークライマー、平山ユージさんだ。

平山さんがクライミングを始めたのは、15歳のとき。またたく間に頭角を現した平山さんは、29歳のときに日本人初のワールドカップ総合優勝を果たし、その後も世界最難といわれる岩に挑み続け、数々の輝かしい成績を残している。

平山さんが世界中で高い評価を得ているのは、その確固たる実力だけではなく、手足を流れるように動かして進んでいく、独自の美しいクライミングスタイルにもある。

「登るときの効率を求めた結果、今のクライミングスタイルにたどりつきました。歩くときに一歩一歩立ち止まらないのと同じように、登るときも前の動きの勢いがその次に移って、次の動きの勢いがまたその次に移って、というようにイメージして登っています」

その大きなポイントになるのが、ヨガで学んだ「呼吸」だという。

「岩を登るときには、背中を中心にして体をねじることで推進力が出て、体の動きもスムーズに流れます。ヨガを始めてからは、『吐くときに動き、吸うときに止まり、また吐いて動く』というように、ねじりの動きと呼吸を連動させるようにしました。それが自分のクライミングにとても合っていましたね」

また、恐怖心を感じたときも、呼吸が助けになるそうだ。「リスクがある状況だと、どうしても怖さを感じてしまいます。そのときは、『これはほんとうに怖いと思うべきことなのか』と客観的に考えたりして恐怖心をコントロールするのですが、最終的に『スイッチを入れていこう』というときは、意識的に息を吐くんです。怖いとどうしても呼吸が止まってしまいますから。そうすると恐怖心が和らぎ、体が自由になっていくのが感じられます」

平山さんがヨガを始めたのは、23歳のとき。さまざまな大会に出場して経験を積み、実力もついてきた頃だったが、どうしても自分に自信が持てなかった平山さんは、自分の心の中にある壁を打ち破るための方法を探すなかで、ヨガに出会った。

「ヨガを始めてから1カ月ほどで『次の大会、優勝するな』と自分に自信が持てるようになり、実際に成果も出ました。ヨガをする前は、自分の武器がなかったのかもしれません。でもヨガは、確実に自分の武器になりました」

それからというもの、大事な大会の前には必ずヨガをするようになったという平山さん。アシュタンガヨガや瞑想を、日々のトレーニングに取り入れているそうだ。

「ヨガは、心や体のひずみをリセットし、ゼロに戻してくれるもの。そうしてゼロから新たにスタートすることで、心と体がつながり、自分の中の強さを発揮することができるんだと思います」

イラスト 櫻井 乃梨子/ 文 小口 梨乃