心が悲しみでいっぱいになっているとき、気持ちを前向きに切り替え、笑顔を浮かべるのは、とてもむずかしいことだ。たとえば、大切な人の死に直面したとき。どうしてあのときもっとやさしい言葉をかけられなかったのか、忙しいことを理由になぜ連絡を取らなかったのか、など後悔ばかりが浮かんできて、なかなか事実を受け入れられないということもあるだろう。

「大切な人の死を受け入れるのは、とてもむずかしいことです。でも、死ぬということは、咲き終えた花が朽ちて土に戻るのと同じこと。つまり、花の一生も人の一生も、自然の一部なんです。そのように死を身近に感じられれば、深い悲しみや死への漠然とした恐怖も和らぐのではないでしょうか」。そう教えてくれたのは、Funeral Makeup Artist(死化粧師)のウール琴子さん。さまざまな死の現場に立ち会い、死化粧を通して、残された人たちと死についての会話を続けてきた。

死化粧とは亡くなった人を棺に納める前に施す化粧のことで、葬儀関係者や介護士、看護師などが行うのが一般的だ。また、鼻や口に詰め物をするなど遺体への処置が必要なので、死化粧をするにはメイクアップの高い技術を習得するだけではなく、遺体からの感染リスクについての知識も学ばなければならない。

「死化粧を始めた頃は亡くなった人を寝ているように(生きているように)見せることにこだわりすぎたり、顔の変色など死ぬことで起こる現象をみせないようにカバーしたりして、美しくしようと考えていました。でも、残された家族や友人にとっては、お化粧で厚くカバーされた顔より、その人らしい表情で送り出すことのほうが大切なんですよね」と琴子さん。死化粧を通して、残された人たちが死を身近に感じ、自然に受け入れられるようになること。そして、最後にしっかりお別れをすることで、前向きに悲しめるようになること、を目指しているのだという。

「残された人たちの中には、亡くなった人に対してもっと“何か”してあげたかったと、後悔を抱いている人もいます。死化粧を施すときには、亡くなった人の話を家族や友人のみなさんに伺い、生前のイメージに近づけながら、一緒に死化粧に関わっていただくことがあります。その過程で少しずつ気持ちの整理がつき、大切な人の最後に関わることで、“何か”できたと思えることが、グリーフ(深い悲しみ)ケアにつながると信じています。ただ、千人いれば千通りのお別れの仕方や悲しみ方がありますので、一緒に死化粧をすることは無理強いせず、相手の立場や気持ちに寄り添うことを大切にしています」

“最後に何かしてあげたい”とは、残された人が抱いている心からの想い。「死化粧だけではなく、棺に花を手向けたり、髪をとかしたり、ネイルをしたりというようなささやかなことでも、その想いを表現できると思います」と琴子さんは言う。

さらに死を前向きに受け止められるよう、“死”そのものについても遺族に話をするようにしているそうだ。

「人は亡くなると冷たくなって硬くなり、腐敗して土に戻るという自然の摂理を理解していただくことも、死化粧の役割のひとつだと思います。実際に亡くなった人に触れ、頬紅や口紅をつけていただくと、『死んでしまうとこんなふうに冷たくなるんだね』など、死についての会話が自然に生まれることがあります。死について普通に語り合うことができれば、死がもっと身近な存在になり、死を理解することにもつながっていきます。死の現場にはさまざまなメッセージがあります。死をタブー視するのではなく、関わっていくことで、自分の生について考えるきっかけになるのではないでしょうか。私自身、9.11に遭遇して死を身近に感じたことで、過去や未来ではなく、今この一瞬を生きることの大切さに気づかされました」

琴子さんは今、“死”の現場で学んだことを、“生”の現場で生かしたいと、準備を始めているところだ。「深い悲しみをケアするためには、心についてもっとよく知る必要があるということを痛感し、夫の仕事先でもあるハーバード大学で心理学を学ぶことを決めました。将来的には、Funeral Makeup Artistとしての経験と心理学の知識を合わせ、顔に傷を負っているなど何らかの原因で自信を失った方々と一緒に、メイクを通して自分の本当の美しさやユニークさを表現できるように関わっていきたいです」

イラスト 櫻井 乃梨子/ 文 小口 梨乃