大阪の西隣、兵庫県出身ということもあって“粉もん”が好きです。中でも関西風のたこ焼き(外側がカリカリではない)に目がないのだが、ソース嫌いの夫と暮らし始めてからは家で焼く機会もなくなり、場所を取る電気式のたこ焼き器は友人宅へともらわれていった。

以来、たこ焼きはもっぱら外で食べるものだったが、おやつとごはんの間であるたこ焼きがどうしてこうも高いのか? そのトウキョウ的価格がずっと腑に落ちなかった。さらに、もうじき3歳になる娘が事あるごとにたこ焼きを所望。しかも粉を混ぜたり火にかけたフライパンの前に陣取ったりするのが好きときている。娘を相手に念願の”たこパ”で盛り上がろうではないかと思い立ち、南部鉄のたこ焼き器を買ったのがことのはじまりだった。

「鉄のフライパンは育てるように使う」と言われるように、それを使いこなすにはちょっとした心構えが必要らしい。そのぶん味も上等で、私の虎の巻的料理本『だれも教えなかった 料理のコツ』(有元葉子さん著)にも、「(鉄のフライパンは)まずフライパンを薄く煙が出るほどに高温で熱してから、油を温めるのが基本。中火で熱するように、と注意書きのあるフッ素樹脂加工のフライパンではおいしく仕上がりません」とある。理想に燃えてうっかり手を出した鉄のフライパンは使いこなせないでいるくせに、たこ焼き器だけはどうしても鉄がよかった。思い出すのは、幼いころからガラスにへばりついて眺めていたたこ焼き屋の風景。近所のおばちゃんたちは鉄製のそれを、実にラフに使いこなしていた。

結論からいうと、この夏の猛暑のピークだったであろう3日間、たこ焼き器と格闘した。だからフッ素樹脂加工のものにしとけばよかったのに~というもう一人の自分の声を打ち消しながら、鬼の形相で火の前に立ち続けた。正確には、たこ焼き器にこびりついた生地をひたすらはがす作業。肝心のたこ焼きは、ぐちゃぐちゃ。焦げるわ引っつくわ熱いわでまさにてんやわんやだったのだが、うち四つほどが何とか形になったこと、それがとても美味しかったことが救いだった。中がとろとろ~なのである。

鉄ものはとにかく油にならすのが肝心とのことで、翌日も試してみたが結果は同様。3日目。台所道具に詳しい友人と会う機会があり、すがる思いで訊ねたところ、なんと彼女も南部鉄のたこ焼き器に苦戦しているという。ただし、「でも3巡目はうまくいかない?」と言っていたので、私よりはだいぶ先にいるようだ。

料理の師と仰ぐ友人にも相談。自分にしては相当慎重に取り組んだつもりだったが、お師匠からの質問に答えるうちにうまくいかない理由が見えてきた。ひとつは、油をひくのにティッシュペーパーを用いたこと。そして、鉄のフライパンは使いはじめに野菜の残りかすを油で炒めるのだが、その際に山芋の皮を炒めたこと(大参事になりました)、等々。「そりゃあうまくいかないよ」という声にならない声とともに、次のようなアドバイスをもらった。
「専用の道具(油ひき)を使って、満遍なく薄く油をひく」
「野菜を炒めるなど、しばらくは毎日使う」

「まずは基本をしっかり」と普段から口酸っぱく言われていることもあり、お師匠には言えなかったが、初っぱなから生地にすりおろした山芋を大量投入するというアレンジを施したこと、油をひくタイミングを完全に間違えていたことも原因としては小さくないと思う。もうひとつ、お師匠がよく言うのが「ちゃんと見る」ということ。ひっくり返すタイミングや火加減などの見極めも甘々だった、というより見ていなかった?……ような気がしないでもない。

一気に扉が開いた気がして、足しげく通っている近所のたこ焼き屋も視察。やはり手早さがカギらしく、生地をひっくり返すピックは金属製のものを2本づかい。油はラードを使用。もちろん専用の油ひきでささっとひいている。そして鉄のたこ焼き器は、定期的に掃除はするものの「洗わない」と言っていた。

さっそく油ひきと金属製のピックを購入。基本に立ち戻って「油ならし」なる作業(油を薄くひいて煙が出るまで熱し、そのまま冷ます。これを4、5回繰り返す)を行い、件の見極めも慎重に進めたところ、大騒ぎした割にはあっけないほどそれらしく焼けた。そして、よくよく考えてみるとここ十数年、何の気構えもなく使っているわが家の中華鍋も鉄製だったのでした。

写真&文 松田 可奈