人の幸福を素直に喜べず妬んでしまいます。どうしたらよいでしょうか?
vol.8
自分が負な感情の状態の時、人の幸福を素直に喜べず妬んでしまいます。 こんな気持ちになるのはとても嫌ですが、なかなか直せない自分がいます。 例えば仕事を自分なりに頑張っているのに成果がでず、そんな時に親しい友人は昇進して喜びながら話して来るとき、口では、よかったね、おめでとうと言っているのですが心の中では嫉妬で一杯だったりします。どうしたらよいでしょうか?
答えのヒント:
色々な負の感情がありますね。「妬み」は僕にとっても遠ざけたい感情の一つです。
どんな状況にかかわらず、「妬み」が生まれると自分の中で何かが蝕まれるような感覚を得ます。何かが自分の内側を侵食する感覚とも言えるでしょうか? 相手に向ける感情というよりは、どうやら自分に向ける感情という気がします。昇進した友だちへの感情よりも、取り残された(?)自分への感情のような気がするのです。
「こうでなければよいのに」という声が自分の心を突きます。この考え方が苦しみの始まりであるのはクリアです。「こうありたい」という向上心とは少々異なり、今いる状況が納得できない「こうでなければよいのに」という、残念さと嫌悪が混じったような感情が嫉妬ではないでしょうか。
私達が「ここ」をよしとしない限り、何かのきっかけ(友人の昇進など)が平安ではない私達の心を突きます。
「ここ」にいることに納得し、平安である人は他者の幸福を喜べるでしょう。
私達はhere and now以外のどこにも存在できないのです。つまりこれは対人関係の問題ではありません。また何かを達成する(得る)か否かでもないようです。
とても難しいことですね。
私達の周りには人の幸福度を測れそうなメジャーが沢山あります。いかに自分の幸福度をそのメジャーに測らせないか、罠にはまらないか・・・なのでしょう。
日々、自分の価値観をアップデートする前に、外からやって来るメジャーを手にしないことが大切です。
「妬み」を経験する時、それは自分を振り返る絶好のチャンスだと言えます。「私は何に嫉妬しているのか?」「私は自分のここ(・・)をどのように捉えているか?」「行くべきだと思うあそこ(・・・)はあるのか?」この感情は、私の何を露呈しているのか・・・。感情を押さえ付けることでもないでしょう。
ただその経験が何を示しているのかを意識するだけでも、何かが少しずつ変化し始めるのだと思います。嫉妬心もポジティヴな観点で見ることができます。嫉妬心は自分を衝き動かす力にもなり得ます。少なくともあなた自身の在り方に関心がある証拠です。嫉妬は熱のエネルギーです。熱は変化を起こすことができます。
「ここと今」にしか存在できませんが、生きているということは変化の連続です。
生きるって不思議です。
簡単じゃないけど、取組み甲斐がある。
皆さんに平和で笑顔の多い一年が訪れますように。
――参考になるかは判断をしかねますが、一度『バック トゥ ザ フューチャー パートⅢ』をご覧になってみてください。私が他人から蔑まされた時、参考になった映画です。
――ヨガを始めて瞑想を習慣にしてから、人の言葉によって傷つくことが少なくなりました。そして悪口を言った相手も、誰からかそんな言葉を浴びせられてきたのかなと思うようになりました。 傷ついた日は、時間をかけて瞑想をして自分自身の感情に寄り添います。どんな感情が出てきてもそれを否定せずに癒されるまで寄り添うと心が次第に楽になる気がします。あとは料理や散歩など好きなことをしたりゆっくり自分と過ごす時間を多く持つようにすることで外側からも癒されるような気がします。
――身内から辛辣な言葉をかけられて嫌な思いをしてずっと根に持っていたことがあったのですが、あるとき、こんなこと言ったよね~、と昔話的に伝えると、本人はまるで覚えていないことを知り、「なーんだ」と気が抜けたことがありました。それ以降、今も、それが何だったのか自分でも思い出せないです。傷ついたことに、傷つけた方はまったく関知していない。つまり、、、あんまり意図もない、反応するのは馬鹿らしいと思いました。他人の言葉で嫌な気分になったとき、facebookで知った本ですが、『多分そいつ、今ごろパフェとか食ってるよ。』を思い出すようにしています。(読んだことないですが)
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文 ヨガインストラクター ヤスシ/編集 七戸 綾子