杏橋幹彦さんが撮影する海は、ひと言では到底語りつくせない。水と空気が織り成す光景は圧倒的な存在感を放ち、美しさとともに地球の偉大な力が宿る。以前は機材を背負って海中を撮影していたが、魚にストロボを当ててダメージを与えることなど、人間本位のさまざまな理不尽に気づき、2年間海から遠ざかった。その間大切な人の死にも直面する。
 「そのとき、もっと自分らしく生きよう、写真も人生ももっと修行を積まなくてはと感じました。そしてたどり着いたのが、体ひとつで波が崩れる瞬間を波の中から撮影することだったんです」。
 自由に、自分の力だけで海に向かおうと、身に着けるのはフィンと水中メガネという最低限の道具のみ。片手に防水カメラを握りしめ、波に挑む。波の裏側にまわったら、ファインダーはのぞかず、心で感じながら瞬時にシャッターを切る。この作品は、オアフ島北部のノースショアの海で2013年に撮影された。独特のグリーンがかったブルーは、サンゴ礁が広がるハワイならではの海の色だ。じつは以前同じ海で撮影中におぼれかけたことがある。
  「おぼれたのは、海との調和が足りなかったから。海と深く付き合う大切さを、この海が気づかせてくれたんです」

撮影 杏橋幹彦 / 文 小口梨乃