木の魅力、漆の魅力とは

 日々、木地を選び、ろくろを挽き、漆をかける。漆芸家である村瀬治兵衛さんが作るのは、お盆や皿、椀など日常の器から、茶入れや水指といった茶道具まで幅広い。そのどれもが他の誰も真似のできない独特なラインがあり、風格がある。それはなぜなのだろう。

 「昔は図面を起こしていましたが、いまは全部フリーハンドです。木を削るときに、型をとらず、寸法も測らない。ろくろを回して削っていくわけですが、どこで合点がいくかにまかせています。最終的に掌(たなごころ)に入れて見てみると、必然的にここを削らなきゃいけない、こっちは削っちゃいけないというのが見えてきて、なぜか安心するのです」腑に落ちる形といえば、縄文土器や弥生土器、エジプトの土器、そして卵や木の実など、生命とつながる形だと村瀬さん。

「目的や質感、手触り、重さ。自分が狙っているところに一番近く、品格を高められる素材が、私にとっては木でした。けやき、桜、ひのきといったね。陶芸と違って一度削ったら足せないのも、木の仕事の厳しさ、真剣さにつながっているのかもしれません。漆にしても、この味わいを出すには漆以外にはないのです」

茶器から茶碗に抹茶を入れる。そんな日本の文化を残していきたい

 風薫る5月、村瀬さんの工房をかねた自宅では、恒例の茶会「二十日会」(紹介者のみ)が開かれていた。北大路魯山人をはじめ、一流の茶人や美術家など数奇者との交流が盛んだった村瀬さんの祖父が、毎月のように開いていたという茶会。その月釜のバトンを村瀬さんが父親から受け継いで、はや35年になる。茶人や美術家、陶芸家、料理人……、本当に多くの人が、村瀬さんの茶会を毎回楽しみにやってくる。

「茶人が催す茶会には、流派ごとの作法や決まりごとがあるでしょう。美術商の茶会なら骨董の茶碗で味わいたいもの。でも作り手である私の場合は、型から外れても、また何かおもしろいことをやってるな、と期待していただける。だから積極的に現代作品を使います」と村瀬さん。

 この日の茶会では、備前の陶芸家・金重有邦さんの茶碗が印象的だった。5月初めに備前で大切な茶会があり、道具運搬と水屋をかねて出かけた折に出会ったという茶碗。根来塗りの茶器を合わせ、数寄者の先輩が趣味で削ったという大胆な形の茶杓をもってくるのが村瀬さんのセンスであり、道具組みの楽しさだ。

「子どものころから茶は身近にあり、学生時代は父が亭主を務める月釜を手伝ったりしたものです。ところがいざ私の番になると、最初はこの茶会を続けていくことだけで必死でした。でもこのところようやく、自分の役割がわかってきたように思います。他の工芸家の作品を使うことで、取り合わせの世界観が広がり、自分が作るべき作品像も広がりをみせる。千利休の時代に、最先端の道具を使い、競いあって傑作が生まれたように、使い手と作り手がお互いを刺激し合うことで職人の技術も磨かれ、茶の魅力が増すのだと思います」

 お茶を飲むときは茶碗をまわすとか、茶会の作法やしきたりのみにとらわれていてはもったいない。自宅においしい和菓子があるから抹茶を飲む、それでいい。茶器から、茶杓を使って抹茶を茶碗に入れ、抹茶を点てる。このていねいな文化が日常に生きるようにと、村瀬さんは茶器作りに思いを込める。

 お茶の世界の伝統を重んじる風潮は、茶道具の作り手の前にも壁を作ってきた。「父の時代は骨董や古いものがよしとされ、現代作家は写しを作れ、個性は出すなと言われてきました。もちろん、古いもののよさはわかっていますが、それだけじゃおもしろくない。最近になって、ようやく自分のデザインのものを作れるようになってきたと思います。祖父は魯山人に愛され、父は名料亭、数寄者とのご縁が深かった。私の代では、茶道具としての基本を鈴木宗幹先生(裏千家業躰)、今を問うカタチや表現を林屋晴三先生(陶芸史家)に叱咤激励されながら、よいお客さまに支えられています」

 現代作家の個性的な茶碗を買ったものの、手持ちの茶器が合わないから作ってほしいと茶碗を持ち込む人がいる。モダンな茶室にもフィットする水指が求められる。まさに今の時代に合った村瀬さんの作品は、海外のコレクターからも注目されている。

孫の代まで長持ちする、使い心地のいい器

 「村瀬の器のことを一言で表現するなら、“使い心地のいい器”といったらわかりやすいかもしれません」とは、奥様の亜里さん。「着心地のいい服、と聞けばイメージしやすいでしょうか。そのものの持つ軽さ、木目のよさ、使い込んでいく風合いのよさ。それはカシミアと同じで、実際に使った人がわかる感覚です」

 漆のお椀は、熱い汁物も熱の伝わりかたがおだやかで、口に当てたときになんと心地いいことか。焼きたてのトーストを漆の平皿に乗せたら、熱が逃げずに温かさが長続きする。箸のあたりもやさしい。漆はウレタンよりもずっと丈夫で耐久性があり、ざぶざぶ洗って日常的に使うほどに味が出るから、三代にわたって使うことができる。許容範囲が広いのも魅力だと亜里さん。「たとえば栗材のお盆は、格式の高い茶会で使っていただける一方で、カジュアルなバーベキューで野菜やおむすびを盛ってもサマになるのです」。

茶会の点心席で使われた盛鉢(上の写真・下)は、村瀬さんの新作。生木を荒取りして面をざっくりとなたではつり、乾燥させてから細部を削っていく。乾燥の際に木は自然にゆがんだり縮んだりする。そのおおらかなゆがみを生かしたフォルム、内側に描かれたかぶの絵が、素朴な料理を引き立てる。

 村瀬家の茶会で、料理やお菓子をアレンジするのは亜里さんの役目。村瀬さんの器や、付き合いのある現代作家の器を用い、その季節ならではのもてなしをする。料理は、東京・下北沢「七草」の主人、前沢リカさんに信頼を寄せている。この日は物相で抜いた豆ご飯、アジのたたき、そら豆とおくらに続き、お椀の蓋を開けると、柚子の香りがふわっと漂った。新玉ねぎのすりながしに青柚子を散らし、柚子の花を添えてあったのだ。取り回していただく盛鉢には、高野豆腐の揚げ浸しと新ごぼうの揚げ物を取り合わせて。「前沢さんの高野豆腐は絶品です」と亜里さん。ここにも木の芽が添えられ、木々の命が輝きを増す5月という季節が愛おしく思える。

どんな場所でも気軽にお茶でもてなせる、そんな茶籠を作りたくて

 亜里さんは、妻として村瀬さんを支える一方で、「嘉門工藝」を主宰。村瀬さんが木型を作った茶道具のカジュアルラインや、敬愛する作家にフルオーダーで作ってもらった道具、旅持ちの茶籠・茶箱、節句飾り、裁縫セットといったオリジナルアイテムを手がけている。
「手仕事に惹かれるんですね。伝統的な技や意匠、アジアの職人の高度な技術を、現代の暮らしにつなげたい。それが私の役目だと思っています」

 なかでも旅持ちの茶籠は、亜里さんの思い入れが強い。タイ王妃御用達の職人が編む小さな籠のなかに、建水(湯こぼし)、茶碗2つ、茶入れと茶杓、茶筅、帛紗など、お茶を点てるのに必要な道具がすべて収まる優れもの。

「友人の家に、お菓子とこの茶籠を持って行くことが増えました。出張デザート係です。茶会を開くのはなかなかハードルが高いですが、これなら、どこでもお茶でおもてなしができます」

 この茶籠は、実は相当な技術と人脈、長年培ってきた信頼があって完成した。唐金建水を核に、茶碗や道具類の大きさ、素材、色柄を決め、国内外の人気作家や職人の手で一つひとつ丁寧に作られている。茶碗2つで数人にお茶をふるまうには、茶碗を次の人のために湯で洗い、その湯をこぼす建水が不可欠だ。小さな籠に建水を納め、茶碗を重ねて収納するには、職人に寸法やカーブの具合などを厳密に伝える必要がある。そのために村瀬さんが作る木型が活躍する。職人とやりとりを重ね、時には失敗も引き受け、ひとつずつ形にしてきた。

「木、鉄、土、布、竹、紙……。いろいろな自然の素材が合わさり、さらによくなる。それらをどう組み合わせるかを考えるのが楽しいのです。一つの茶籠を作るために、30人ほどの手がかけられているでしょうか。作家や職人など、役者が揃ってこその逸品です」

 抹茶は、相手と心を通い合わせる最高のコミュニケーションツールだと亜里さんはいう。2020年に東京オリンピックを控え、外国人をもてなす手だてとしても最適。琴や日舞を披露しようものなら相当な稽古が必要だが、抹茶なら、猛練習すれば1週間で上手に点てられるようになるのだからと。

写真 大杉 隼平/文 増本 幸恵