――様々な調査で「世界一幸福度の高い国」と評されているデンマーク。「働く」と「休息」のバランスはどう考えられているのでしょうか?

イェンス 時間の使い方でいうと、デンマークではよく24 時間を3等分して、「8時間は睡眠、8時間は働き、そして8時間は自分の時間」というふうに言います。どんなに忙しい社長でも休みはとるべきもので、休みをとらないと不健全な会社だと思われますから。
日本では、1日の半分以上の12 時間以上は働いて、プライベートの時間は、ほんの4、5時間っていう人も少なくないのでは? 実際日本に来て、みんなホントによく働くなあと驚きました(笑)。

――日本では社会の体質として「休息」を取りづらいのでしょうね。

イェンス 時間を自分でコントロールしづらいことのひとつに、日本の会社ではまわりとコンセンサスをとる時間が多いと感じます。それは昔から受け継がれた仕事のスタイルなのかな。
デンマークでは、個人に責任が与えられる部分が大きいけれど、結果に対して会社はシビアです。ただ仮にクビになっても、次の仕事を探すあいだは国が生活を保障してくれる。そうした保障のシステムがあって、デンマークは「休息」をとりやすい社会なんだと思います。
きっと日本では社会の視点が変わらないかぎり、会社は簡単に変わらないでしょう。でも「自分は変われる」という発想を持つことが大事じゃないかな。

休息時間を生み出す働き方の転換

――今春から独立して活動されていますが、組織に所属していたときは、「休息時間」をどのようにコントロールしていましたか?
イェンス うーん、たとえば必要な仕事外ミーティングもあるけれど、意味のない「おつきあい」は極力避けていましたね。それはボクが外国人だから出来たところもあるでしょうが、「自分の時間を大切にする人」って、まわりに示すことは1つの手かも(笑)。
それから勤めていた最後の3年間は、上司にかけあってフルタイムから週4日勤務に条件変更してもらい、プライベートな時間を増やしました。2人目の子どもが生まれて育児の時間もほしいし、デンマークの暮らしを紹介する本をつくったり、この鎌倉の家のDIYをしたり、自分の好きなことをしたいので、と上司にかけあったら「いいですよ」ということになって。
金曜から日曜日まで週末3日休みになると、毎週ロングウィークエンドという感じでしたね。もちろん、それは仕事を時間までにきちんとできていてこそ主張できること。仕事ができてないのに、さっさと帰るなんてできませんから、勤務日はフル回転で動いてました。自分の責任がまっとうできてこそ、休息時間をコントロールできるところはありますね。職場の環境や立場で違ってくるけれど、重要なことに集中し、どうでもいいことに費やしていた時間を失くしてゆくことは、どんなワークポジションでもできることじゃないでしょうか。

――1日のなかでオン・オフのスイッチを気持ちよく切り替えるコツはありますか?
イェンス 大使館勤めの頃は、パソコンに向かう時間を最小限にして、外に出るようにしていました。人と逢って話したり、街を散策したり、そんな時間があって思考がクリアーになるし、リラックスしてるときこそよいアイデアや発想って浮かんでくるもの。それに外での人脈や経験が、会社では培えないスキルになるってことは多いでしょう? いまは鎌倉の自宅が仕事場なので、空間をチェンジすることで、気持ちの切り替えをしています。仕事部屋に入ったら仕事に集中。ひと区切りつくまで仕事から離れない集中力も必要だよね。仕事の合間のちょっとした休息はDIYやガーデニング、そして料理も大好き!

妻のマリコも刺繍家として創作活動をしているので、手があいているとボクがキッチンにたって、家族のごはんを作ります。鎌倉はすてきなカフェも多いから外食も楽しいけれど、家族とかこむ食卓はなによりもリラックスできて、家のごはんはどんな高級レストランよりもごちそうだと思う。友人を招いてごはん会をしたりレシピを教えてあげると、「手がこんでみえるのに、意外に簡単なんだ!」「洋食でも日本人好みの自然な味わい」なんていってもらえることも多いかな。それでついに、これまで評判のよかったわが家の定番料理をあつめて『イェンセン家のホームディナー』というレシピ本を出版することになったんです。

――プライベートと仕事がつながっていると、自己管理が重要になりますが、何か役立てているツールはありますか?
イェンス スマートフォンのアプリ「To do リスト」を使って、やるべきことを優先順位をつけて書き出しています。常に10個ぐらいリストアップして、1週間以上たってやり残していたら、一度消すことにしています。やり残しのまま保存しておくと、仕事を残している感じがして逆にストレスになってしまうからね。期間を区切って一度リセットし、やるべきことならまたリストに再アップすればいいのです。
パソコンやスマートフォンを使えば、今はどこにいても仕事が出来る便利な時代だけど、逆に旅行中などオフでも仕事をしようと思えばできてしまう。その部分の自己管理が本当にムズカシイ。とくに電子メールに費やす時間。1日にメールを何度もチェックしていると仕事の区切りがない感じですよね?

――仕事術について参考になった本があったそうですね? 
イェンス 『The 4-Hour Workweek』(日本語版は『週4時間だけ働く』)という本です。著者は、朝7時から9時まで1週間に40時間も働きづめていたアメリカの会社社長。自分の時間を大部分を会社のために使っていたという、かなりのワーカーホリックだった著者が働き方の発想を転換して見いだした、「週4時間だけ働く」効率的な仕事術を指南して話題になった本なんです。この本でとくに電子メールに費やす時間を減らす工夫について書かれている点には、おもしろいヒントがありました。仕事を集中して取り組むために、メールをみる時間を決めるようにしようかなと、ボクも思っています。1日2回くらい、朝と夕方、と決めるといいよね。


――休息の環境づくりも大事ですね。
イェンス そう、東京の都心で暮らして働いていたとき、緑のやすらぎがボクにとって、どんなに必要か実感しました。さらに長男が生まれたことで、子どものためにも気持ちよく休める環境を真剣に求めるようにもなりました。そんなきっかけもあって、6年ほど前、神奈川県小田原のミカン畑に仲間とデンマーク式のコミュニティーガーデン「コロニヘーヴ」をつくったのです。
お金を使って贅沢を体験することが休息でなく、ボクにとっては自然のなかで過ごすことが、とっても贅沢。緑のなかでコーヒーを一杯飲むだけで、心が満たされます。


撮影 大沼ショージ / 文 おおいし れいこ