7歳の時に鮮烈なデビューを果たし、ソリストとしてその名を馳せるヴァイオリニスト、五嶋龍さん。ニューヨークで生まれ育ち、現在はニューヨークと東京を拠点に、世界を舞台に活躍している。

五嶋さんの才能はヴァイオリンだけにとどまらない。じつは、空手家としての一面も持ち、ヴァイオリニストとしてデビューしたのと同じ7歳から空手を始め、現在日本空手協会参段の資格を持つ腕前だ。

先日あるテレビ番組で、「音は足腰を使って出すもの」「丹田を上に持ってくると音が軽くなり、重い雰囲気にしたいときは丹田を下げる」と、五嶋さんがヴァイオリンの演奏と空手での体の使い方についてコメントをしているのを聞いた。ヴァイオリンと空手という、一見相反するふたつが、じつは深い関係にあることがとても印象的で、演奏をするときの体の使い方についてもっと知りたいと願っていたところ、2014年の秋に来日していた五嶋龍さんにお会いすることができた。

「我が家はヴァイオリン一家でもありますが、じつは空手一家でもあるんです。祖父が空手の師範をしていたので、母も姉も小さな頃空手をやっていました」と五嶋さん。ご自身が始めたきっかけは、気分転換のためだったそうだ。

「毎日ヴァイオリンを練習するという、同世代の友だちとは違う生活を送っていたので、子どもながらにフラストレーションがたまっていたんです。それを発散するために、何か運動をしたほうがいいと勧められたのが、空手でした。フラストレーションを発散するために続けていたのですが、どんどん自分の人生の中で空手の意味が変わってきて、今は本当に好きで練習をしています」

そう教えてくれた五嶋さんの、空手で鍛え抜かれた体はとてもたくましく、いわゆるヴァイオリニストのイメージとは異なる。「不健康そうなヴァイオリニストのイメージがあまり好きではなかったのも、空手を始めた理由です(笑)」

ヴァイオリンと空手を同時に練習し続けていた五嶋さんが、ふたつの共通点に気付いたのが数年前。それから、空手で学んだ体の使い方を、演奏にも活かすようになったそうだ。

「空手から学んだことといえば、まず演奏の基本となる立ち方です。僕のヴァイオリンのスタイルは、空手用語でいうと“逆構え”。つまり、右足を前に出して構えます。そのほうが、ヴァイオリンを持ったときの上体の角度に対して弾きやすいですし、とくに音楽を盛り上げたいときには、右足に重心を置いて音を前に向かって広げ、左足のかかとは上がっている状態になります。逆に高音のハイポジションを弾くときには、左足に重心を置く“元構え”になりますね」

空手の型(空手の技を一人で演ずるもの)とヴァイオリンの楽曲にも似ている部分があるという。

「僕は松濤館流という流派の空手を学んでいるのですが、松濤館流では技の要素が3つあると言われています。それは、“技の緩急”“力の強弱”“体の伸縮”です。体の動きにコントラストを出さないと威力がないですし、技の効果もありません。楽曲も同じで、演奏が流れているときでも、瞬間的にその方向性が変わるときがあります。そういう部分でこの3つの要素が身についていると、自然な流れの中に凹凸というか、カラーというか……変化が現れ、感情の起伏が聴衆の心に伝わるという効果も共通していますね」

五嶋さん曰く、「ヴァイオリンは全身を使って弾くもの」だそうだ。「全身がせっかくあるのに、小手先だけでヴァイオリンを弾こうとすると、効率が悪いし、自分のポテンシャルを最大限引き出せないと思うんです。そのことは、空手を始め、子どもの頃からスポーツをずっと続けてきたからこそ、気づくことができました」

イラスト 櫻井 乃梨子/ 文 小口 梨乃