最近、移り住んだ土地には、近所に昔ながらの漁師町がある。畑もそこら中に広がっているし、少し行けば養鶏所や牧場もあるので、娘と二人、散策するのがたのしい日課となっている。

3月の終わり、海辺でわあっと声をあげる光景に出くわした。浜を覆うようにずらりと干されているのは、わかめ。自分の母親世代とおぼしきおばちゃんたちが、手を休めるひまなく、海から上がったばかりのそれらを洗濯バサミに吊るしている。わかめといえば乾燥ものか塩蔵。もしくは、ある時期見かけるパック詰めの生わかめ。浜に行けば新わかめが買えるよ~との事前情報がなければ、「この昆布みたいなのなんですか?」。200パーセント聞いてしまっていたに違いない。

道路沿いにある無人販売所には、わかめとめかぶが並んでいる。「わかめはね、今日でおしまい。明日からは、ひじきが始まるからね」と近くにいたおばちゃん。食べ方は、何はともあれ”わかめしゃぶしゃぶ”とのこと。「葱や生姜を入れた小鍋に、茎ごとさっとね。それをポン酢で。マヨもおいしいよ」。茎の部分は、きんぴらや酢醤油漬けにすることが多いそう。めかぶは「天ぷらがおいしいんだー」と、いつの間にか隣にいた常連らしきおじさんが教えてくれた。迷わず、両方を購入。

家に戻り、わかめを取り出してみる。ノーカットのわかめとは、なんちゅう大きさ、そして奔放なのだろう! 茎から盛大に伸びていて、まな板にはとても収まらない。何事も大げさなタチなので、活きのいい大魚と格闘しているような気分になる。めかぶはぬめりがある分、それ以上に扱いにくい。こちらはもちろん天ぷらに、と鼻息あらく挑んだものの……。来年までに揚げ物上手になっていようと誓う。細かく刻んでポン酢でいただく食べ方が安定のおいしさだった。

翌週から、卸しもしている向かいの魚屋さんががぜん活気づいてきた。春の風物詩ひじき漁が始まったらしい。初めて見た生のひじきは、1メートルほどの茎(長ひじき)に太った葉(芽ひじき)がふっさふさについている。一年間食べる分をこの時期に収穫するというから、毎日、海からそれは大量のひじきが届く。ひたすらゴミを取り除いたり、長すぎるものをカットしたり。くる日もくる日も朝から日暮れまで黙々と作業が行われている。その後、釜茹でして天日干ししたものがおなじみの乾燥ひじき。乾燥させる前の釜揚げひじきは、この時期だけのおたのしみだ。

ビニール袋にどっさり入った釜揚げひじき500円。定番の煮物もいいし、卵焼きに入れたり炊き込みご飯にしたり。地元のひじき屋さんのおすすめは、スライスした新玉ねぎ、胡麻と合わせ、ポン酢と少しのマヨネーズ(または胡麻ダレ)であえるというもの。これがもう箸が止まらぬおいしさで、夫婦+3歳女児でものすごい量をたいらげている。

ああ、春の海っておいしいな。
海に限らず、身近になった生産者さんの働く姿を見るたび、(かろうじて)人生折り返し前だというのに、「あ~のんびりしたい~」と隙あらば思ってしまう自分をかえりみる。さぼってちゃイカンとおてんとさまがこの環境に導いてくれたような気がしないでもない。「次は釜揚げしらすやな」。肉屋のおじさんご自慢のしらすメンチをほおばりつつ、そんなこんなを考えるのだった。

写真&文 松田 可奈