~アーティザンの成長とともにあるブランド~

時折そよ風が入り込むフーヒップの小さなアトリエで、手仕事をしているベトナム人女性アーティザンたち。褐色の肌に、艶のある黒髪、アーモンドアイの瞳が美しい女性たちは、色とりどりの糸を器用に扱い、小さな針を軽快なテンポで動かしながら、真剣な眼差しでそれを繊細なアクセサリーへと仕上げていく。

私たちは、工場ではない

私たちは、仕事ありきではなく、人ありきで仕事をしています。コンセプトありきで立ち上がるエシカルブランドもありますが、私たちは、たまたま出会ったフエの女の子たちをなんとかしたい、という想いでスタートしたブランドです。

ベトナムのなかでも差別を受けるようなエリアに育った、いろんな人生を背負った女性たちが、お金をもらうためだけではなく、成功体験を積み重ねていけるように。<こうしなきゃいけない>に、人が合わせるのではなく、その人のために合わせたいろんなやり方で、アトリエを含むフーヒップの運営はしていきたいと思っています。人にやさしく仕事が続けられる環境にしていきたいです。

フーヒップを制作する仲間のことを、アーティザンと呼んでいますが、ほんとうにフェアーな関係でいます。20代前半のアーティザンは全員女性で、ほとんどが家庭をもち子供を産み育てながら仕事を続けています。私の出産もよろこんでくれています。子育てをしながら仕事をすること、子育ての悩みなど、彼女たちから教えてもらうことが多いです。

ミッションを共有した仲間たちが適材適所で活躍していけたらいいな、と思っています。メンバーには女性たちが多く、結婚、出産、子育てなど、ライフスタイルの変化があるなかで、同じ働き方を続けられない時期というのがあります。そのとき、選択肢として、「やめる」のではなく、それぞれの役割をそのときどきに応じて、働き方も変化しながらやっていければ、と思います 。

私がこうして今フーヒップの話をしていること、ドッツジャパンという会社を設立し経営やブランドのマーケティングにあたっているのも、たまたま今、私にできることがそこにあって、その役割を果たすことができるから。その時々のシーンで、今後も変化していけばいいと思っています。大切なのは、一人一人がその人だからこそ果たせる役割やスキルがあって、そういったメンバーがミッションを共有してチームワークで動いているのがフーヒップのあり方だと思っています。

ベトナムではまだまだ保守的な慣習がのこっていて、フエでは、嫁ぎ先の家が絶対。嫁姑問題が厳しく、女性たちは家庭生活にもストレスを抱えています。アトリエは世界遺産にも登録されている王宮のある古都フエの旧市街地にありますが、アトリエマネージャーの判断で、3 か月ほど出張アトリエをして対応したこともあります。

一人一人の成長につながり、得意を伸ばせる仕事のあり方と役割を考えています。具体的にはアーティザンの中にもデザインが好きな子、もくもくと技術を高めることが得意な子、いろいろです。それぞれの個性やこうなりたいという希望をもてるよう促しながら、そこをフーヒップを通して実現し表現できる場にしていかれるようにと毎コレクションごとに工夫しています。私たちは、工場ではないので!

チームワークでみんなでよくなっていく

フーヒップのアトリエは、週5日間、月曜日から金曜日に稼働しています。基本は8時間で、4時間ずつ、という場合もあります。繁忙期は、週末も稼働します。夏は暑すぎて仕事にならないので、早朝からお昼まで働くというように変動もあります。

生産には目標設定があります。パーツごとに担当が変わるのではなく、基本は一人がひとつを作り上げていきます。商品に責任をもってもらいたいから、だれが作ったかを明確にしています。ミスや壊れていた、ということがあれば、お給料にも反映されます。

厳しいようですが、その代わり、時間通りに、無遅刻、無欠席で、という場合には、プラスの評価になります。ほかにもいろんな基準があって、誰かに何かを教えてあげた、とか、フエハッピープロジェクトに参加した(ボランティアをした)ということも評価されます。なかには自分のもっているものがなくなる気がして、怖いのか、教えることをしたがらない子もいますが、速くたくさん作ることよりも、チームワークでみんなでよくなっていく、ということを体現するようにしています。

アーティザンの成長とともにあるブランド

基準があるなかでの、手仕事による個体差はあるかもしれません。デザイナーがおこしたレシピ(設計図)をみて、アーティザンが作ります。技術者のレベルやデザインにもよりますが、感性のトレーニングも必要になります。

レシピに天然石を使う、と書いてあるとすると、形や色が違うものを“いい感じ”で並べるのが感性です。たとえば、絹糸は細く、編んでいくのに時間がかかりますし、リング(輪)の大きさが小さかったり、楕円だったりするほうが難しい、など技術力を要する場合もあります。

フーヒップのセカンドライン、シーズ・バイ・フーヒップは、主にフレッシュ なアーティザンの手によるもの。丸の芯にコットンの素材からスタートし、ラメ素材、そして輪の大きさが小さくなる、という順に作る難易度が増します。初めて取り組むのはこの順番からはじめます。レシピで糸の色が指定してあり、何センチの芯に何回編む、と決まっているので見習いのアーティザンが最初に取り組む製品としても適しています。

フーヒップは、熟練のアーティザンが作っている、エシカルを前面に出さない、クオリティ勝負のブランド。

高度な技術と感性を必要とするものには、たとえば伊勢谷友介さんが率いるリバースプロジェクト(REBIRTH PROJECT)の「いのちかレザー」を使ったラインがあります。日本では害獣として処分されてしまっている猪や鹿がいるのですが、植物由来のなめしをした鹿の皮を使っています。

大き目のリングのもの、糸をミックスして編むもの、なども高度な技術と感性が必要です。また、Nielaコレクションに代表されるマーキス型のモチーフは、アーモンドアイというベトナム女性 アーティザンの瞳にインスパイアされています。その楕円のかたちを絹糸で編みこんでいるのですが、まん丸じゃない分難しいのです。

展示会を年2回、春夏、秋冬とおこなっています。主に2つ目的があり、1つは長く愛用してもらえるよう、ファッションとして。もう1つは作り手たちの成長のきっかけとしています。熟練のアーティザンにとってもコレクションごとにチャレンジできるようデザインし、制作、発表しています。

拡大を急ぐより、次の世代を育てる方に価値がある

おしゃれで素敵、というファッション目線で、またはデザインとして評価いただいた時は嬉しいですね。素敵なアクセサリーなので購入したら、背景にあるストーリーを知ってますます好きなりました、というようなお声をいただくとさらに嬉しくなります。

同時に、デザインや品質等に対する厳しいお声もいただきます。世界中の素晴らしい手仕事や名品をご覧になっている方々にいただくコメントは、グローバルスタンダードで仕事をしている私たちの何よりも向上に繋がるとありがたく思います。

ブランドを成長させたいと思っていますが、職人を育てていくのに時間がかかります。話題になって、売れた、という一時的なブームで規模を広げても、売れなくなったら縮小しないといけなくなります。そういう浮き沈みを望んではおらず、需給バランスが大事なので、時間がかかっても実力をコツコツとつけて、アトリエの規模に見合った成長を意識しています。人数が少なくとも技術と精神力、次の世代を育てる価値の方が重要と考えています。

前編:~シグニチャーモチーフに込めた想い~

お話し 大野 真貴子/編集 七戸 綾子