たくさんのモノと情報に溢れる今は「引き算」の美学というものに注目が集まりがちですが、私たち日本人の美点には、先人の知恵や文化に今を重ね、まわりの人々と和を結ぶ、「足し算」の物語があって日々豊かに過ごしていることも忘れたくありません。今回のコラムでは、そうした「+」から紡ぎだされたストーリーを3回にわたってご紹介します。
 第1話は、あるテレビドラマづくりの創造の舞台裏。料理とデザインのユニット<オカズデザイン>が仲間とともに手をかけて創り出した、“リアルな質感”へのこだわりとぬくもりのエピソードから。

【+story 01】みんなで創るドラマ:オカズデザイン

 現実の向こうにある、もうひとつの世界を創るテレビドラマ。とある晩NHKのスタジオで、その空間を観たときの感動をどう言おう。そこにあったのはこの春放映のNHK特集ドラマ『紅雲町珈琲屋こよみ』のなかで、主人公の76歳のおばあちゃんが営む、珈琲豆と和食器の店。どこか記憶のなかの景色にふわりと入ってしまったような、なつかしい気持ちがしてドキドキした。「ほんとにこんな店があったらいいのに」「この器かわいいなあ、欲しいなあ」なんてことばが撮影の間じゅう出演者やスタッフの口から何度もこぼれていた。

 このドラマの世界観づくりに大きく関ったのが、映画「食堂かたつむり」やNHKの朝ドラ「てっぱん」などで、さりげなくも心にのこる料理シーンの数々を手がけてきた<オカズデザイン>だ。
 一般に、映像の料理を担当するフードコーディネートの仕事とは、物語によりそった料理をタイミングよく仕上げること。そのニーズに応えた上で、<オカズデザイン>がこだわってきたのは、“本質的においしいもの”を追求すること。

「料理を“おいしそうに”加工する、効率重視のやり方もあります。でもわたしたちはハンバーグをつくるとき、豚の塊肉をたたいてミンチからつくって焼きます。塊肉をミンチにするところは画面に映らないけれど、そのおいしさは映像で何かしら伝わると思うから」。料理の“おいしい”味や匂いが、ドラマのなかに醸し出す空気や時間を大切してきた。

 そんな<オカズデザイン>の豊かな描写力に共鳴し、「料理だけでなく、ドラマの背景になるデザインのトータルコーディネートまで関って」とオファーしたのが今回のドラマの監督・藤並英樹さんだった。以前朝ドラ「てっぱん」で一緒に作品づくりをした信頼関係があり、ドラマの骨格づくりを監督とともに取り組むところから、創作がはじまったそう。

 「台本はもちろん原作の小説を読み込み、暮らし方、生き方をひもときました。主人公のお草さんは、監督いわく“こんな年の取り方ができたらいいなと思える、凛とした女性”。暮らしを大事にしている人で、でも自分で店を営んで自立もしている。働いている女性として合理的なところもあって、たとえばお出汁はちゃんととるけれど、夜のうちに昆布出汁をつけておいて朝に煮出すような、無理のない調理法を想定するとか。こまかいことですが(苦笑)」

 ドラマの人物になりきってたどりついた小さなピースを、ひとつひとつ積み上げ、作品風景に組み足していく。そうして完成したドラマに、見どころはたくさんある。まず、なにより主人公が営む、和食器と珈琲の店の小道具やインテリアのウオッチングは愉しい。じつはその魅力のある「背景」づくりに、<オカズデザイン>がつなげたのは、それぞれの分野で活躍している人たちの感性で、多忙きわめる人たちを「きっとおもしろくなるよ」と好奇心をくすぐって引っぱってきたという。

 古風な町屋の佇まいの店に、しっくりとなじんだ「小蔵屋」の看板文字、それに店内に飾られたオリジナル雑貨の手ぬぐいの絵柄。手がけた切り絵作家の辻恵子さんは「個を主張せず、工芸作品のように、小蔵屋の雰囲気になじむように」心がけたという。
 店に並ぶ器のコーディネートを担当したクラフトバイヤーの<日野明子さん>は、若い頃から民芸の器好きという設定の主人公の年代や美意識を深くよみとって、「民芸でも新しい器ではしっくりこない」と、自分の家の食器棚ごと秘蔵の器をごっそりドラマのスタジオへ持ち込み、スタッフを驚かせたそう。

 なんともおいしそうな珈琲シーンのコーディネートは、珈琲の著書もある<中川ちえ>さんが受け持った。珈琲の淹れ方にも女性と男性では違ってくるそうで、なにげない所作が自然であるよう心を配り、珈琲の道具も中川さんが使い込んできた私物が使われたそう。
 小道具といえば、思わず唸ってしまったのが、このドラマの店で売られている珈琲豆。名古屋の<coffe Kajita>の店主に、ドラマのために“小蔵屋オリジナルブレンド”を焙煎してもらったそう。それは主人公のお草さんをイメージして、キレがよく上品な余韻が楽しるよう仕上げた味で、出演者で、珈琲ツウで知られている俳優の橋爪功さんが、「おっ、これおいしいね」と喜んでくださったとか。残念ながら珈琲の味も香りもテレビには映らないけれど、ドラマに流れる時間には、そのふくよかな味わいが溶け込んでいるのだろう。

 最後に、やっぱり<オカズデザイン>の料理シーンは見逃せない。
 「スタッフに人気があったのは、いなり。主人公が、体の不自由な友達に手みやげにする料理で、冬の設定だから柚子の皮を入れ、すし飯も柚子の果汁で風味よく仕上げました。いなりは大きめだけど、切って食べやすく。お草さんだったらそうするだろうなと思った味つけとあしらいです」
 料理にインテリアに小道具に、ドラマのすみずみに。たくさんの人たちが手をかけ心をかけたぬくもりが、観る人の心をふわっとあたためる物語には宿っているのだ。

取材構成 おおいし れいこ/写真 加藤 新作/協力 NHK