毎日を同じように、全力で生きる。
Today is not a special day, everyday is the only day.
玄関での「いってらっしゃい」がお守りがわり
「玄関で、いってらっしゃい、というのが私のお守り。お別れを大事にしています。なぜって、人生はいつ何があるかわからない。たとえその日が最後になったとしても後悔しないように」。
ただいま〜と子どもが帰ってきてお帰りなさいを言わないことはあっても、送り出すときは必ず玄関で、心からの「いってらっしゃい」。子どもたちは、そんなママに心配をかけないように自分で自分を大事にすることを知る。
北京に生まれ育ち、文化大革命、天安門事件という激動の時代をくぐりぬけ、26歳で来日。グラフィックデザイナーである28歳年上の日本人と結婚し、東京での結婚生活がスタートした。中国に造詣が深く中国料理が大好きなご主人のために、北京の母に電話で教わりながら家庭料理を作り、その味が評判に。次々とレシピ本を出版し、東京と北京でクッキングサロンを主宰するなど多忙な日々が続く。2人の子どもに恵まれたが、初めての出産、子育てを異国の地で行うにはわからないことだらけで苦労が絶えない。それでもまわりの人たちに助けられて立派に育て、一貫して家庭料理の大切さを伝え続けている。
いろいろな経験をしたなかで、いつでもこの環境になじむよう努力してきたというウーさん。
「この時代に生まれ、ここにいることは私の運命です。それを受け止め、毎日を同じように、全力で生きるだけ。毎日の“いってらっしゃい”は、その日1日を大切にしてほしいという思いもこめて。そして人生は、自分がおかれた環境にとけこんでいくことも大切です。どこにいても日常のささいなことに幸せを感じられたら楽しいじゃない」
では、毎日をせいいっぱい過ごすために、ウーさんが心がけていることは?
「全力で仕事をして、同じくらいいっぱい遊びます! 日曜の朝は早起きして新しい映画を見に行ったり、3カ月先まで席が取れない金沢の大好きなおすし屋さんに予約を入れたり。どうやってその日のスケジュールを開けるかやりくりするのも楽しいの! あとは……、朝起きたときにお腹がすいているために、夜は食べすぎないこと。やっぱり次の楽しみがないとね」
住んでいる土地の旬の食材がいちばんおいしい。ウー・ウェンさんの料理がそう教えてくれる
「無理をしないこと。素材にストレスをかけないことだけです。素材の味を感じてほしいから、むだに手をかけずに、調味料も最小限です」。
そうそう、頭では理解して同じように作ってみても、同じ味には絶対にならない。野菜の切りかた、火の入れかた、酒のまわしかた、火を止めるタイミング。長年作り続けてきた勘と料理のセンス、食べる人への愛情が、ウーさんの料理をとびきりのものにしているのだと思う。
ウーさんは、東京で毎月、北京で年に2回集中講義の形でクッキングサロンを開き、大勢の生徒たちに囲まれている。ベースは北京の家庭料理だが、一貫して伝えているのは、それぞれの土地の料理、旬の食材で作る家庭料理の大切さ。
「日本料理は水の料理。きれいな水がなければ、日本料理を再現することはできません。一方で中国料理は油の料理。油をたくさん使うということではなく、油で素材の消毒をしているんです。広大な大陸の中国では、昔はきれいな水が貴重でしたから、少量で熱湯よりはるかに高い温度で“素材を洗える”油の力を料理に利用したのです。これだけ食文化が違うので、日本に中国の料理をそのまま持ち込んでも意味がないんです」
北京の母から受け継ぐ餃子のこと
「皮の作りかたは、幼いころに覚えた母のやりかたそのままです。具は季節の野菜でいいんですよ。春はキャベツや水菜、夏はみょうがや香菜など香り高い野菜も合います。そこに豚やえびなどのたんぱく質を合わせれば、栄養バランスのいい完全食になります。皮を通して具に理想的な状態で火が入るので、餃子は野菜をいちばんおいしくいただける料理ともいえます」
中国では、餃子は子どもたちも手伝って家族みんなで作るもの。まだ餃子を包めないような小さい子は、餃子を並べながら数を覚えていくのだそう。こうして家族の味が伝えられていく。
「北京の家では、台所は母の聖域です。子ども心に、料理をする母がとても輝いて見えたことを覚えています。そういえば、北京の両親が、北京市で“いい夫婦”に選ばれたんですよ。その理由は“お互いに助け合い、いつも二人で手をつないで歩いているから”ですって。家族っていいものですね」
口に入れてかんだ瞬間に感じるこの甘さはなに? それはキャベツの甘さ、豚肉の甘さ、素材が持つやさしい甘さ。素材の香りが広がり、ジューシーで、もちもちの皮も粉の味を感じられ、いくらでも口に入る。
上の写真は豚とキャベツの餃子、下はえびと水菜の餃子。旬の食材を手作りの皮で包むウーさんの餃子は、これまで食べてきた餃子の概念をがらりと変えてしまう。
「具にしっかり味をつけているので、たれはいりません。そのほうが素材の味を楽しめるでしょ」
ウーさんにとって、キッチンでの洗いものが至福の時間だそう。今日もたくさん食べてくれてありがとう、そんな達成感を、器を洗いながら味わえるから。
「だからどんなにたくさんのお客さまがいらしたとしても、洗い物をしていただくことはありません。私の至福の時間をとらないで〜って!」
写真 結城 剛太/文 増本 幸恵