森に満ちている、生きものたちのふしぎ。その最たるものが、梅雨から夏にかけて朽ちた倒木や落ち葉の上でよく見られる「粘菌」。キモかわいいキャラの生きもので、その一生ときたら奇想天外。アメーバーみたいに自ら食べ物を求めて動いていく動物期と、キノコのように居場所をさだめて胞子をつくる植物期があって、色も形も様々なやつがいるのだ、と彼がおもしろそうに教えてくれる。

「昨日はいなかったやつが今日はそこにいたり、朝と夕方では居場所がちょっとズレてたりする。目の錯覚か?と最初は思ったけれど、いや、たしかに動いているんだ。形にしても、ぐじゅぐじゅとアメーバーみたいだったものが、一夜にして美しい海中の珊瑚のようなものに変身していて、まったくふしぎなやつらだよ」
 こんなふしぎな生きものがそこらじゅうにいる。森の懐の深さを、粘菌に感じ入りながら、頭のすみっこに「クマグス」の存在が想い浮かぶと、またさらに心愉しくなると、彼がいう。

 クマグスとは、10数カ国の言語を操り、あらゆる学問に通じた知の巨人、南方熊楠(ミナカタクマグス)のこと。粘菌研究でも世界的に知られた学者で、その一生もまた粘菌のごとく奇想天外であり逸話に事欠かない。ことに生物学者でもあった昭和天皇を請われて進講し、粘菌標本をキャラメル箱に納めて献上したという話は有名である。そしてクマグスがなした神社合祀反対運動は生態系がくずれることを訴えた、日本初のエコロジー活動ともいわれる。

 「ボクの勝手な見方だけど、クマグスが神社の鎮守の森の保護を説いたのは、その根底に人間のちからのおよばない場が、暮らしの近くにある大切さを抱いていたからじゃないかな」。
 “世界に不要なものはなし”といったクマグス。粘菌を愛し、ふしぎを愛した王の気配が、いまも森のなかに息づいている。

写真 細川 剛  / 文 おおいしれいこ