芽ぐみの天蓋
vol.13
――森のなかで10日間ほどテント暮らしを続けていると、日々は少しずつ変わっていく風景も、10日のうちの最初と最後でみれば、その変化は劇的だ。
まだ辺り一面に雪原が広がっているけれど、いったん春の勢いがついた雪どけは力強い。まず太いブナの樹の根のまわりから雪がとけはじめ、その奥から土の香りが漂ってくる。樹の根まわり穴に体を入れ、ひさしぶりに足が土の上を歩く感触を味わう。なんだか、いい感じだなと、ひとりごちるボクの姿を、営巣に忙しい鳥たちはみえないふうにやりすごす。
それからボクの住処にも、おもしろい変化が及んでくる。毎日起きて外へ出るたびに雪が減ってくるのがよくわかる。テントまわりは太陽の光で雪はどんどん溶けていくが、ずっと光が届かないテント下の雪は溶けにくい。そうして、いつのまにかボクのテントは高床式住居のようになっているのだ。床下は40cmくらいだろうか、テントの入口から、足を出すとまるで腰かけるような感じになって笑ってしまう。
空を見上げれば、そこにも変化が訪れていた。緻密に樹々のほそい枝が、光があたる空間をもとめて隅から隅まで張りめぐらされている。太陽の光を分け合うように、あるいは取り合うように。枝先でかたく閉ざしていた冬芽のふくらみも、はちきれそうだ。もう3、4日もしたら、芽吹きがはじまり、雪面におちてくる無数の芽鱗がたてる小さな音を聞くことができるだろう。その音が聞けるまで、どうにか食糧を食いのばして、森に居続けようとボクは思うのだ――
目にみえるもの、目にみえないけれど感じるもの。季節の流れがつくる、名づけ得ない景色をみつけてみたい。
写真 細川 剛 / 文 おおいしれいこ