新緑フィーバーが落ち着いたころ、森の彼から届いたふしぎな写真を眺めていると、湿った匂いが鼻先をかすめた気がした。映っているのは「朽ちかけたホオの花びら」であり、「この白いところ、ひょっとしたらこれペニシリンみたいなもんが出てたのかも」と彼がいった。ほぉ、と頷いたものの理系思考が弱く、いまひとつ景色がつながらない私に、そのときの様子をわかりやすく教えてくれた。

――そこには、ついこの間まで芳香をふりまいていたホオが、辺り一面に花びらを散り落していた。朽ちかけた一枚の花びらに目をやると、奇妙な模様に気がついた。やや肉厚の白い大きな花びらが、少しずつ腐りかけ茶色に変色しはじめているのに、一部分だけ白い花色がマーブル模様のように、まだらに残っている。よくみてみると、その白い部分にカビの仲間とおもわれる菌糸のようなものが生えて、その周辺だけが腐らずに保たれているのだ。きっとそのカビの菌糸から、ペニシリンのような抗生物質が出されていて、腐敗菌を寄せつけず腐らずに保たれているのかも、などと自分なりの考えをめぐらせてしみじみおもしろがっていた。
 なんにせよ、ゆくゆく土に還っていく、花びらにも様々な生きものたちが関わりをもって、いくつもの「約束事」をつくりだしていることは確かだ。花に限らず、森のなかは小さな約束事で満ちている。この植物の実の房跡に必ずこのキノコが生えるといった細かな約束事から、だいたいこの種類の倒木に生える、といったゆるーい約束まで、ほんとうにいろいろな約束事を、森で目にしてきた。つまりボクがみているこの世界には、それぞれがいろんな事情があって約束事があって、つながっているんだな。そんなふうに思いながら、目の前の花びら眺めていると、その姿から目が離せなくなってしまった――。


 子どものころ、火傷をするとおばあさんにヒノキの樹液を塗りつけられた。のちに、ヒノキの樹液にはヒノキチオールという殺菌や消炎作用、肌の新陳代謝を正常化する働きがあるらしいと知ったが、おばあさんはそんな薬効に詳しくもなく、伝承的に用いてきたひとつの「約束事」だったのかもしれない。森と私たちも、遠く離れて暮らしながら、案外身近なつながりがあるやもしれない。

写真 細川 剛  / 文 おおいし れいこ