10月最後の週末のこと。畑を借りている農園で稲刈りを手伝わせてもらった。
「娘さんに経験させてあげたいなあと思うんだけど、どうですか?」。声をかけてくれたのは、隣の田んぼの田中さん。思えば自分も幼いころ、毎年のように祖父母の田んぼの手伝いに出かけていた。野良仕事に精を出す大人たちの間を、従兄弟たちと駆けまわって遊んだ時間はわたしの原風景だ。都会育ちの娘にも味合わせてやりたい。鼻息荒くのぞんだのだった。

ざくっざくっと稲を刈り、束ねて縛って稲架(はざ)にかける。気持ちよく疲労し、あーやれやれとひと休み。ふさふさの稲穂に覆われた“はざ掛け”を眺めていたら、いつか茨城土産にもらったわらに包まれた納豆を思い出した。納豆に目がない娘がモリ食いしていたなあ。「あの稲で納豆、つくれますか?」。思わず聞いたら、田中さんの相棒で、わたしの中の暮らしの達人こと山崎さんが答えてくれた。「2、3本の稲わらを大豆に突っ込んでおけばできるよ。実は、包まなくても平気なの(笑)」とのことだったが、どうしよう。まったくもって意味がわからない。

しばらく話を聞いているうちに事情が呑み込めてきた。納豆の元となる納豆菌はそこら中にいる菌で、とりわけ稲わら(乾燥した稲の茎)に多く棲みついているらしい。昔ながらの納豆は、この稲わらについている納豆菌を利用。茹でたり蒸したりした大豆を稲わらに包んで保温するのが古くからの製法とのことだった。危ない危ない。「納豆菌ってどこに売ってるんですか?」。もうちょっとで聞いてしまうところだった。

さておき、笹団子や竹の皮で包まれたおむすびなど、食品を草や木で包むという行為はぐっとくるものがある。見た目も美しいし、草木のほのかな香りが移るのもいい。役目を終えると土に返るところも素敵である。ミーハーな自分にとっては何事も“気分”が大事。必要がなくてもどうしても稲わらで包みたいんですと訴え、脱穀後に、いくらか分けてもらうことになった。

納豆づくりの手順そのものは「え?」というほど簡単だ。熱湯を回しかけて消毒した稲わらを適当に形づくり、熱々の大豆を中に詰める。納豆菌がまわりやすいよう大豆の粒は小ぶりが最適。粒が大きい場合は砕いてやれば、ひきわり納豆になる。山崎さんは大豆のまん中あたりに稲わらを数本はさんでおくとなお良いと言っていた。

大豆をくるみ、それらしい見た目になったところで満足しそうになるものの重要なのはここから。40度~45度に保温して発酵を促すのだが、この温度管理が慣れていない私にはちょっとした手間だった。納豆づくりには空気が必要とのことなので、湯たんぽと一緒に愛用の毛布でぐるぐる巻きにし、ないよりはマシかと蓋を開けたクーラーボックスに入れてひと晩。朝見るとシーンと冷えていたので、さらにシュラフにくるんで寝床の羽毛布団に突っ込んだ。

昔の人はどうしていたのだろうと、農家に伝わる納豆づくりを紹介した写真絵本『しょうたとなっとう』を開いてみる。すると熱々の大豆を詰めたわらづと(稲わらの入れ物)はむしろでくるみ、もみ殻の山に埋めていた。屋外で風は冷たくても、もみ殻の中はほかほか。二日で納豆になる。言うまでもなく、もみ殻は米の抜け殻。むしろは稲わらを編んだものだし、稲刈りのとき収穫物を束ねた紐も昨年の稲わらだった。他にも稲わらは、肥やしとして田んぼにまいたり、しめ縄や草履、大根を干す時の紐などあらゆる日用品へと姿を変える。米の副産物をあますことなく活用してきた日本人の知恵に、モーうなりまくり。

その後のマイ納豆はというと、シュラフ&羽毛布団の投入が効いたようで、丸一日で軽くねば~、もうひと晩寝かせたら見事なねばりが出た。元気な納豆菌がたくさんいる証らしく、表面が白っぽい。ひとつ知ったのは、納豆は発酵しはじめた段階で何ともかぐわしい発酵臭を放つということ。気をつけないと、湿気に濡れた毛布とともに「すい~」においが充満した寝床で寝ることとなる。ご注意ください。

写真&文 松田 可奈