シカゴといえば、知る人ぞ知る「建築の街」です。近代から21世紀の今日まで、アメリカを始め世界中の有名な建築家達が、その才能を巨大な建築物に注ぎ競いあってきました。ダウンタウンには、赤レンガ造りのクラシックなビルからガラス張りのモダン建築まで、さまざまなデザインの高層ビルが頭の上にそびえ建っています。通りを歩いていると、足を止めてついつい見とれてしまうことも。摩天楼の発祥の地だけあって、その壮大な姿は見る者の目を飽きさせません。「シカゴは街そのものが近代建築の美術館」と言われていますが、それも納得です。

さて、この街を訪れたら、ぜひ足を運んでほしいのが、オークパークという住宅街です。シカゴ市街からクルマで30分ほどの郊外にある町なのですが、ダウンタウンの喧噪と打って変わって、のんびりとした空気が流れています。並木の木陰の中を、愛犬を散歩する老人やベビーカーを押す女性が通り過ぎて行きます。自動車もまばらで、どこにでもありそうなアメリカの閑静な住宅街という雰囲気なのですが……。

いやいや、建築家や建築好きな方にとって、ここは聖地のような場所なのです。かつて、あのフランク・ロイド・ライトが自宅兼スタジオを構えていたのです。建築に詳しくなくても、フランク・ロイド・ライトという名前を耳にしたことはあるのでは? 二十世紀最高の建築家の一人と言われた巨匠です。最高傑作の一つ落水荘と呼ばれるカウフマン邸の写真は、美術の教科書にも載っているので、目にしたことがあるでしょう。そのライトが、建築家として歩み出した1889年、弱冠22歳で手がけた自邸が、このオークパークのホーム&スタジオなのです。ここを足がかりに「プレーリースタイル」と呼ばれる新しい建築様式を生み出し、ライトの名声は世界中に広がったのです。その後、波瀾万丈の人生を送りさまざまな土地に移り住んだ彼にとって、このオークパークは建築家ライトの故郷と言ってもいいでしょう。ライトの名は、日本では帝国ホテルの設計者として知られています。残念ながら帝国ホテルの旧館は1967年に取り壊されてしまい、ライトが手がけた建築は日本国内に3軒しか残っていません。そのうちの2軒が国の重要文化財に指定されていることからも、いかにライトの作品が貴重かがわかるでしょう。

何と、このオークパークには、ライトが手がけた建築物が20軒以上も残っているのです。ライトのお膝元ということもあって、当時、近隣に暮らしていた住人がこぞって自宅の建築を依頼したのです。さらに驚くことに、現在もその住宅には人々が暮らしているのです。何世代にもわたり、ロイドの作品を愛する人達が、メンテナンスとリフォームをしながら大切にしてきたのです。庭には季節の花々が植えられ、窓際には好みのカーテンがかけられ、きちんと手入れをされた芝生には子供達の遊具が転がっています。管理された文化財ではなく、今も住まわれている“家”なのです。個人のお宅なので、敷地の中に入ることはできません。しかし、壁や垣根など遮るものがないので、路地から家の意匠を拝見することができます。フランク・ロイド・ライトのホームスタジオを始めオークパーク近隣のライトの作品を巡るツアーも催されているので、建築好きな方でしたら一度は訪れることをおすすめします。建築というものは人の暮らしがあって、初めて完結すると言います。100年以上前に、ライトが理想とした建築が、ここオークパークにはあります。

文・写真 美濃部 孝