ニューヨーク・ブルックリンに移り住んで、もう5年になります。中心のプロジェクトは、2つの通販サイトとPOPUPSHOPです。「anzu new york」は日本のよいものをアメリカの人たちに紹介するサイトで、「Southern Accents NY」はブルックリンのアーティスト、仲良くなった人たちのことを紹介するサイトです。2つの国を行ったり来たり、それぞれの良さを私なりに理解して互いの国に紹介する、ということをやっています。

POPUPSHOPはスーツケースや風呂敷のようなイメージで、気楽にしていられるような範囲内でやっていこうと心がけています。日本では年二回ほど開催しています。今年は京都の一保堂茶舗さんの二階のイベントスペースでの開催を予定しています。トークイベントにもおかげさまでよく声をかけていただいています。例えば、お友だち達でもあるカフェ・ディマンシュの堀内さんがこの前ニューヨークに弾丸7時間滞在の旅行に来た時に、コーヒーショップだけに行きたい、と要望があったので、一緒に回ったんです。それをテーマにしたら大好評で、嬉しかったですね。
あとは、ブルックリンや西海岸など、私が訪ねたお宅の写真などを元に、インテリアレクチャー的なトークイベントも企画しています。

インテリアコーディネートやショップディレクション、キュレーションも行っており、例えば山形の「湯どの庵」という温泉宿は、日本で暮らしていた頃からのクライアントです。12年続いています。

模索した20代、走り抜けた30代

「どうやったらそういう仕事につけるんですか?」と時々訊かれますが、ご参考になるかどうか。20代はテーブルコーディネートの先生についたりしながら、やりたかったことを模索しスタートから見つけていこうという時期。結婚後ノースカロライナに2年間住んで、そこでアンティークと出会って魅せられ、雑貨の道に入ることになりました。

その時、自由が丘の雑貨店『私の部屋リビング』に、「帰国の際に店のアクセントになる雑貨を買い付けてきてくれませんか」と声をかけていただい頂いて。
「あ、面白そう、やってみたい」と引受け、せっかくなので輸入雑貨卸の社名を考えました。それがサザンアクセンツ(=南部なまり)という名前。

実は、私の母は、80歳になってハサミは持たなくなりましたが、今も茅ヶ崎で美容院をやっています。母の美容院のとなりのスペースが空いていたので、そこを間借りすることに。準備中に、道を行き交うご近所の方々が「雑貨屋さんができるの?嬉しい」と声をかけてくださって。「そういえば茅ヶ崎には雑貨屋さんがないし、お店にしてしまおう」というのが、雑貨店『サザン アクセンツ』のはじまりでした。オープンの初日は外まで長い列ができて、店は雑誌にも多く紹介されました。頂いただいた仕事がどれも面白そうで、断らずに受けていたら、どんどん忙しく、スケジュールも複雑になって、うねる川面をいかだで必死で下っていくような30代でした。

こうやって振り返ってみると、転機となるときには何かしら「これやってみる?」という挑戦状みたいなものが自分の前に現れる、という気がしています。一見チャンスでもあるその挑戦状にはだいたい難問なことがくっついていて、それを乗り越えて、ひとつずつ自分のキャリアが増えていった……自分のものにしてきたと思っています。

タクシーの運転手の言葉にハッとする

40歳になったときに「挑戦の時期は終わったな、と思いました。これからは今までの経験をもとに、数よりも、質のいい仕事を丁寧にやって行きたいと考えました。でもなかなかそれも叶わず、頑張りすぎて体が悲鳴をあげていました。もっとシンプルな暮らしがしたいと思いながら、時間に流されて、気がつくと40代も半ばを過ぎたときに、店の看板犬でもあった愛犬が亡くなって。お店もやりきった感があり、2008年は、背中を押されたように、いろんなものに区切りをつける一年になりました。
ニューヨークは以前から大好きで、毎年通ってきていたんですが、移住の直接のきっかけとなったのは、たまたま乗り合わせたタクシーの運転手さんとの会話だったんです。

2007年の暮れをニューヨークで過ごしていた時のことです。お友だち達のパーティからの帰り道、運転手さんに
「日本から来たの?」
「はいそうです」
「ニューヨーク好き?」
「いつかここに住んでみたい(I want to live here someday)」って言ったんですね。
そしたら運転手さんが
「“I want”って言ってるうちは夢はかなわないよ。“I will”って言わないとダメなんだよ」と。
自分でもはっとしたんですね。

それがきっかけで、前からお世話になっている編集部に滞在ビザの相談をしてみたら「うちがスポンサーになりますよ」と言ってくださって、ビザを申請してみたらすぐとれたんです。すべて潮時というか、見えない力というものがあったんでしょうね。

実はブルックリンって湘南に似てるんですよ。水辺が近くて、緑が豊かで、都心からちょっと離れてて、でも都会の刺激も近くて。だから、それまでの暮らし方とあまり変わりません。50代からニューヨークに引っ越し、というと「挑戦」と受け取る方もいらっしゃるかもしれませんが、自分では、「ああ、馴染む場所に来れた」という思いでいます。ニューヨークのよさ。それは、この年令だからこれはもうできない、ということが一切ない。自分がやりたいことが何かを最初に考えられる場所なんです。年齢も性別も人種も、関係ない。だから、このプレミアムな場所にずっといたいですね。

この5年間は準備期間で、これからが本番、と思っています。ただし、無理はしない。60歳を前に、50代の今は、更に「シンプルな暮らし」を意識しています。それは、持ち物も、暮らしも。体力も若い頃のようにはいかないので、必須とも言えますが(笑)、気持ちは若い頃より、もっと自由な気がしています。

写真 Miho Aikawa / 文 山祥 ショウコ