むしゃむしゃむしゃ、むしゃむしゃむしゃ。
 何とも愛嬌のある表情である。愛猫家である養老孟司先生はこの写真をみて「ボクの眼には、猫にしかみえない」とおっしゃったとか。
 カメラを向けても食べ続けていたんだからねぇ。そういって彼は苦笑し、この食いしん坊のナメクジと交わった愉快な時間について語ってくれた。

――これはヌバリツバタケという、貧弱なキノコだけどしゃりしゃりした食感で、ラーメンなんかに入れると、ちょっと乙な味わいがあるんだ。あると き、このキノコをみつけて穫ろうと手を伸ばしかけたら、このナメクジが大口を開けて、ひたすら無心に食べていた。まあ、横どりして喰うほど浅まし くない自分でありたいと思うけれど。カメラを向けてしまうくらいには浅ましい写真家であるんだよね、ボクは(笑)。覆いかぶさるようにカメラを構 え、ぐぐっとアップにする。画面に気持ちが入り、[キノコとナメクジ、そしてボク]の世界に浸っていた。するとふっと、「んっ?」ってナメクジの やつが、ボクヘ意識を投げてきた。ファインダー越しとはいえ視線がばちっとぶつかり、不意をつかれて「おっ」とひるんだボクに、「んん~?」と 向ってくるかと思いきや、あっさりキノコへ。なにごともなく旺盛な食事が再開された。だけどそこから、むしゃむしゃむしゃ……のボリュームはあが りっぱなし。なんだかファインダーのなかにマンガみたいに描き込まれ、音がどんどんクリアになっていったんだ。

 本来、生命体それぞれのやり方で食べて生きているんだからなあ、なんてことを思いつつシャッターをきってカメラから顔をあげ、はっとした。この 森のそこらじゅう、「食べて生きているもの」たちの存在であふれているじじゃないか! 気づけば、あっちで、むしゃむしゃむしゃ。こっちでも、む しゃむしゃむしゃ。むしゃむしゃむしゃ、むしゃむしゃむしゃ……森の時間ぜんぶが、食べる音に満ち満ちて。あぁ、頭がクラクラしてきた――


 あれは幼少期に、誰もが感じたことのある類いの音だったのだろうと思い返す彼。そういえば子どものころ、蟻の列をじっーと眺め、蟻の足音を感じ たことがあったっけ。音は耳から入ってくるものだけじゃない。思いこみをとっぱらって体という感覚のアンテナを解放できたとき、目の奥に、心のな かに響いてくるものなのだろう。

写真 細川 剛  / 文 おおいしれいこ