世の中にはインフルエンザなんてかかったことがないという人が案外沢山います。だからワクチンなんてうたないんですと。でもその「かかったことがない」というの、

おそらく勘違いです。

インフルエンザウィルスに曝露された時に感染する人・しない人はたしかにいます。しかし、感染したからといって皆が同じ症状を出すとは限りません。不顕性感染といってまるで症状を出さない人もいますし、発症してもごく軽症で「ちょっと風邪ひいた」という自覚でそのまま治癒してしまう人も沢山います。

いちいち調べないと本当にかかったかどうかはわかりませんので、そして調べたってわからない場合も沢山ありますので、本当のところはどうですかと突っ込まれても苦しいところではありますが、少なくとも典型的なインフルエンザの症状を出していない=かかっていない、ではないことをまずご理解下さい。

そして、たとえ「その人」が不顕性感染だったり軽症だったりしてそんなに困ったことにはならなかったとしても、「その人」からうつった誰か別の人も軽症で済むとは限らないところが問題です。うつされた人は重症化して数日にわたり苦しんだり、ことと次第によっては命に係わる事態に陥ったり、なおったとしても後遺症を残したり、大変なことになる可能性があるのです。

なので、世の中全体で考えた時に、たとえ自分は元気でインフルエンザにかかったことなんてないと思っていたとしても、もしくはこの記事を読んで、仮にかかっていたとしても(自分は)困っていないし別にいいのではないかと思ったとしても、各人がインフルエンザ感染を予防することには大きな意味があるのです。もし自分が誰かにうつして、その人がその結果として亡くなったり色々大変なことになっていたとしたら、寝覚めが悪くありませんか?

インフルエンザ感染を予防する上での要となるのがワクチン接種です。

ワクチンというものは実に効果を実感しにくいもので、たとえば頭が痛い時に痛み止めをのめば多くの人は「あ、効いてきた」となるわけですが、ワクチンをうってもし感染防御出来たとしても、その効果を実感することは困難です。

ワクチンをうたなくたってインフルエンザにかからなかった可能性は当然ありますから、かからなかった(発症しなかった)場合に「ワクチンのおかげ」という実感を得ることは出来ません。もしうってもかかってしまった場合に、実はワクチンのおかげで軽症化していたとして、それを実感することもおそらく難しいでしょう。個人レベルの体験談で語ることの出来ない性質の問題なのですね。

しかし、大きな集団で見た場合にはその差がきちんとつくのです。ですから私たち医者はインフルエンザワクチンの接種を皆さんに強くお勧めします。ワクチンを接種することで自分だけではなく周囲の人々、それは家族であったり同級生や同僚であったり、さらには社会全体の色々な人々、乳幼児や高齢者、重篤な基礎疾患を持つ人や妊婦さん(致命的になるんです)、何かの医学的理由でワクチンをうてない人々など、世の中全体に大いに利益があるのだということを理解したうえで接種の判断をして欲しいと、一呼吸器内科医は切に願います。皆の幸せが自分の幸せにもつながる、素敵なことだと思いませんか。

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文 医師 小野江 和之/編集 七戸 綾子