近頃、男性にも更年期障害があると聞き、主に男性ホルモンの分泌の減少に起因するとのこと。医師の石井先生に男性ホルモンの持つ役割について聞いてみました。


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男性ホルモン(テストステロン)の分泌はY遺伝子で決まると言われていきました。ところが、近年、環境や仕事やストレスなど遺伝子以外の様々な要素がその分泌に関係していることが判ってきました。脳の性差はテストステロンによることが判ってきています。つまりY遺伝子で脳の男性が決まるのではなく、胎児期や成長期やそれ以降のテストステロンの濃度で脳の性に違いが出てくるのです。脳では男性と女性という1対1の関係ではなく、その間には少しずつ色合いの変わる変化があるというのが現代医学の考えです。


その中でも典型的な男性はテストステロンの分泌に関して人生の中で2つの大きなピークを経験します。一つの時期は胎生期です。お母さんのお腹の中にいるときに、赤ちゃんは大量のテストステロンの分泌に浸ります。これをテストステロン・シャワーと呼びます。おもちゃの好みや性格や行動が女児と異なる傾向を示します。生後、思春期といわれる第二次性徴のときに次のテストステロン・シャワーが起きます。筋肉がつき始め、体力が増し、ひげが生え、声が低くなり、射精が起こります。筋肉増強作用はこのテストステロンにあるため、オリンピックの選手のドーピングに大きな問題となる薬物になっています。

女性にも男性ホルモンは分泌されていますが、その量は以前から男性の1/10~1/20以下と考えられていました。しかし最近の研究で、女性のテストステロンの分泌量はかなり個人差があり、大量に分泌している人は男性の平均値より多いことが判ってきたのです。※1 個人差はあるものの女性でも予想以上にテストステロンが分泌されていたのです。女性の場合、テストステロンの増大は体毛を増やします。すね毛、背中の毛、口周りのひげもテストステロンの影響下にあると言われています。しかし、テストステロンは、性機能を高め、適度に筋肉をつけ、骨を丈夫にし、競争心や認知機能や記憶力を高め、血流を良くし、代謝が向上し、肌のつやも良くなるように働きます。女性の場合、閉経後でもテストステロンは分泌されています。なぜかというとテストステロンはコレステロールから作られているからです。そのため、閉経後も女性には大切なホルモンとも言えます。


極めて興味深い研究が2021年に米国から報告されました。それは思春期から若年男性のテストステロンの量が過去20年間で確実に減少してきているということです。※2 その理由はテストステロンの分泌は肥満の指数であるBMIと反比例の関係にあり、米国の若い男性はこの20年間で、過食、SNSやゲームやネット依存、運動不足などで、肥満が増大傾向にあるため、テストステロンが減少傾向にあると論文では考察しています。これは若くして性機能の低下だけではなく、高血圧、心臓病、動脈硬化などの生活習慣病に陥ることを示してしています。しかも男性では肥満による脂肪の増大は女性ホルモンを作る方向にも働き、ますます脳内の性別は女性化していくことになるのです。いわゆる草食系男子ということかもしれません。


続き:似ているけれど自己判断せずに。「男性更年期障害」と「うつ症状」


※1 Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Sep 8; 106(36): 15268–15273.Gender differences in financial risk aversion and career choices are affected by testosterone.Paola Sapienza ,et.al.

※2 Eur Urol Focus 2021 Jul;7(4):886-889. Decline in Serum Testosterone Levels Among Adolescent and Young Adult Men in the USA.Soum D Lokeshwar,et.al.

文 医学博士・医師 石井正則